清水寺夜叉神堂・清水寺見どころ(修学旅行・観光)

清水寺夜叉神堂

●清水寺夜叉神堂は奥の院(重要文化財)南端(南脇堂)に祀られています。夜叉神は本堂(国宝)に安置されている本尊・十一面千手観音(じゅういちめんせんじゅかんのん)と観音さまの化身である青龍の地を守り、人々の悪縁を断ち、良縁を結ぶ神として信仰されてきました。ちなみに龍には夜ごと飛来して音羽の滝に水を飲むという伝承が残されています。なお清水寺では毎年3月14日・3月15日・4月3日・9月14日・9月15日に青龍会が行われ、夜叉神が八功徳水(はっくどくすい)の法水を振り撒き、幸福・厄除・招福などを祈願する観音加持を行います。八功徳水は「称讃浄土経(しょうさんじょうどきょう)」によると澄浄・清冷・甘美・軽軟・潤沢・安和・飲時除飢渇・飲已長養諸根という功徳があるとされています。
夜叉(夜叉神)は元々顔かたちが恐ろしく、性質が猛悪(もうあく)で、人を食らうとも言われる古代インド神話に登場する鬼神でした。その後仏教に取り入れられ、仏法・仏教徒を守護する鬼神(護法善神(ごほうぜんじん))になりました。夜叉は天(てん)・龍(りゅう)・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅(あしゅら)・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩ご羅伽(まごらが)とともに仏法を守護する八部衆(はちぶしゅう)に数えられました。また夜叉は毘沙門天(びしゃもんてん)の眷族(けんぞく)とされ、羅刹(らせつ)とともに北方を守護するとされています。なお夜叉には男・女があり、天夜叉・地夜叉・虚空夜叉(こくうやしゃ)の三種があるとも言われています。
奥の院は江戸時代前期の1633年(寛永10年)に再建されました。奥の院はかつて清水寺開基である延鎮上人(えんちんしょうにん)・賢心(けんしん)と行叡居士(ぎょうえいこじ)の草庵跡とも言われています。奥の院は千手観音(せんじゅかんのん)・毘沙門天(びしゃもんてん)・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)などを安置しています。奥の院は桁行五間・梁間五間の懸造(かけづくり)で、寄棟造(よせむねづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
十一面千手観音立像は本堂の内々陣に本尊として安置されています。十一面千手観音立像は33年に1度開扉される秘仏とされ、写真すら公表されていません。十一面千手観音立像は鎌倉時代前期の1220年(承久2年)頃に再造されたと言われています。ちなみに延鎮上人・賢心はこの地で観音の化身ともされる行叡居士と出会い、行叡居士が残した霊木で千手観音像を刻み、行叡居士の旧庵に安置したとも言われています。十一面千手観音立像は像高約173センチで、11の顔と42の手を持っています。42の手は胸前で合掌(がっしょう)する2本の手を除き、40本の手がそれぞれ天上界から地獄までの25の世界を救うとされています。(40×25=1,000)
地主神社拝殿は江戸時代前期の1633年(寛永10年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が再建しました。拝殿の鏡天井には狩野派2代目・狩野元信(かのうもとのぶ)が描いた雲龍図・丸竜があります。丸竜はどの方角から見ても睨んでいるように見え、「八方にらみの竜」とも言われています。なお丸竜は夜ごと抜け出し、音羽の滝の水を飲むことから目に釘を打たれたとも言われ、清水寺七不思議に数えられています。
清水寺見どころ清水寺七不思議

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