東寺鐘楼・梵鐘・東寺見どころ

東寺鐘楼・梵鐘

●東寺鐘楼・梵鐘は大師堂(御影堂・不動堂)の西側にあります。東寺鐘楼にはかつて室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)が寄進した梵鐘が吊られていました。東寺梵鐘は寺誌「東宝記(とうぼうき)」によると南北朝時代の1348年(貞和4年)10月7日に完成し、毎朝開門を告げていたが、傷みがひどくなったことから宝物館で収蔵されています。東寺鐘楼には現在足利尊氏寄進の梵鐘のレプリカが吊られています。
足利尊氏は鎌倉時代の1305年(嘉元3年)8月26日に鎌倉幕府の御家人で、足利宗家7代当主・足利貞氏(あしかがさだうじ)と側室・上杉清子(うえすぎきよこ)の次男として生まれました。鎌倉幕府第14代執権で、北条氏得宗家当主・北条高時(ほうじょうたかとき)から偏諱(へんき)を受け、高氏(たかうじ)と名乗りました。1333年(元弘3年)に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇が鳥取・伯耆船上山(ほうきせんじょうさん)で挙兵すると鎌倉幕府軍を率いて上洛したが、丹波国(亀岡市)・篠村八幡宮(しのむらはちまんぐう)で鎌倉幕府への反乱を宣言し、六波羅探題(ろくはらたんだい)を滅ぼし、後醍醐天皇から偏諱を受け、尊治(たかはる)と改めました。鎌倉幕府が滅亡し、後醍醐天皇が建武の新政(けんむのしんせい)を開始したが、その後後醍醐天皇との対立が激しくなり、一時九州に都落ちしたものの上洛して京都を制圧し、北朝第2代・光明天皇を擁立して征夷大将軍に補任され、室町幕府を開きました。ただ後醍醐天皇は奈良・吉野に脱出し南朝を創始し、南北朝時代が始まりました。1336年(延元元年・建武3年)に室町幕府の施政方針を示した建武式目(けんむしきもく)を発布し、弟・足利直義(あしかがただよし)と二頭政治を布いたが、観応の擾乱(かんのうのじょうらん)で足利直義が急死しました。1339年(延元4年・暦応2年)に後醍醐天皇が崩御するとその菩提(ぼだい)を弔う為に天龍寺(てんりゅうじ)を創建しました。なお足利尊氏は1358年(正平13年・延文3年)6月15日に亡くなりました。
一般的に鐘楼は梵鐘を吊るす堂塔です。鐘楼は寺院で時刻や非常を告げる施設として設けられ、梵鐘の響きは功徳(くどく)になるとされました。鐘楼は古くは金堂の背後に経蔵と対し、一般に太鼓を置いた鼓楼(ころう)に対して伽藍の両翼を建立されました。鐘楼は古代中国の様式を模し、上下2層からなる楼造(たかどのづくり)の法隆寺(ほうりゅうじ)西院伽藍の鐘楼(平安時代)が唯一残された古式の鐘楼遺構と言われています。その後法隆寺東院の鐘楼(鎌倉時代)のように下層が裾(すそ)広がりの袴腰造(はかまごしつくり)や東大寺(とうだいじ)の鐘楼(鎌倉時代)のように四隅に柱を立て、四方を吹き放した吹放(ふきはなし)などの鐘楼が現れました。鐘楼は現在、高い土台の上に四本柱を立て、四方を吹抜きにしたものが一般的です。なお鐘楼は鐘撞堂・釣鐘堂などとも言われています。
一般的に梵鐘は寺院で時刻や非常を告げる鐘です。梵鐘は除夜の鐘でも知られています。梵鐘はインド(天竺)で集会の際に用いられた木製のかん稚(かんち)と中国の銅鐘に基づいて造られました。日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・奈良時代成立」には562年(第29代・欽明天皇23年)に古墳時代後期の豪族・大伴狭手彦(おおとものさでひこ)が梵鐘を高句麗(こうくり)から日本に持ち帰ったとの記録が残っています。ただ梵鐘は現存せず、梵鐘の内面に「戊戌年(698年)筑前糟屋評(福岡市)造云々」の銘がある京都・妙心寺(みょうしんじ)の梵鐘(国宝)が日本製の最古の梵鐘です。梵鐘は銅に少量の錫(すず)・亜鉛(あえん)などを混じて鋳造されます。梵鐘は上部に鐘楼に吊るす釣り手として竜頭(りゅうず)があり、下部に一対の蓮華(れんげ)状の撞座(つきざ)を配し、これを橦木(しゅもく)で突きます。梵鐘に上帯・中帯・下帯・乳の間・乳・草の間・池の間・駒の爪などがあります。
●東寺鐘楼切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
東寺見どころ

ページ上部へ戻る