浄瑠璃寺三重塔・浄瑠璃寺見どころ(修学旅行・観光)

浄瑠璃寺三重塔

●浄瑠璃寺三重塔は1897年(明治30年)12月28日に国の重要文化財、1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定されました。
●浄瑠璃寺三重塔は「浄瑠璃寺流記事(じょうるりじるきじ)・(重要文化財)」によると平安時代末期の1178年(治承2年)に京都・一条大宮から浄瑠璃寺に移築されたと言われています。三重塔はいつ・どこの寺院に建立されていたかは明確ではありません。三重塔は初層内部に柱がく、初層の天井から心柱(しんばしら)が立てられています。三重塔は浄瑠璃寺に移築された後に初層内部に仏壇が設けられ、秘仏(本尊)・薬師如来像(重要文化財)が安置され、初層内部の壁面に十六羅漢(じゅうろくらかん)像などが描かれています。
一般的に三重塔は仏教の祖・お釈迦さまの遺骨(仏舎利)を納める仏塔です。仏塔は紀元前3世紀頃から造られるようになったお釈迦さまの遺骨(仏舎利)を祀る饅頭形(半球形)のストゥーパが起源とも言われています。ストゥーパはインド(天竺)から中国に伝えられると高層の楼閣建築形式になり、朝鮮半島から日本に伝わったと言われています。現在、飛鳥時代の684年(天武13年)~706年(慶雲3年)に建立された法起寺(ほうきじ)の三重塔が日本最古の三重塔です。なお三重塔には木造塔以外にも石造・瓦造・鉄製などもあります。
薬師如来(薬師瑠璃光如来)は如来の一尊です。薬師如来は大医王(だいいおう)・医王善逝 (いおうぜんぜい) とも言われています。薬師如来は菩薩(ぼさつ)時代に衆生の病気を治すなどの十二の大願(十二誓願)を立てて如来となった東方瑠璃光浄土(とうほうるりこうじょうど)で説法する過去仏(教主)とされています。十二の大願は光明普照・随意成弁・施無尽仏・安心大乗・具戒清浄・諸根具足・除病安楽・転女得仏・安心正見・苦悩解脱・飲食安楽・美衣満足です。薬師如来は医王如来とも言われ、一般的に左手に病を癒す為の薬壷(やっこ)を持ち、右手に施無畏(せむい)の印を結んでいます。薬師如来は脇侍(きょうじ)が日光菩薩・月光菩薩とされ、眷属(けんぞく)である十二神将(じゅうにしんしょう)に守られています。十二神将は伐折羅大将(ばざら)・あに羅大将(あにら)・波夷羅大将(はいら)・毘羯羅大将(びぎゃら)・摩虎羅大将(まこら)・宮毘羅大将(くびら)・招杜羅大将(しょうとら)・真達羅大将(しんだら)・珊底羅大将(さんてら)・迷企羅大将(めいきら)・安底羅大将(あんてら)・因達羅大将(いんだら)です。です。なお薬師如来は現世利益を与えるとされ、飛鳥時代後期のの680年(天武天皇9年)頃から盛んになったとも言われています。
十六羅漢は仏の教えを護り、伝えることのできる優れた僧侶に与えられた名前です。羅漢は最高の悟りを得て、尊敬や施しを受けるに相応しい聖者です。十六羅漢は賓度羅跋ら惰闍(びんどらばらだじゃ)・迦諾迦伐蹉(かなかばっさ)・迦諾迦跋釐堕闍(かなかばりだじゃ)・蘇頻陀(すびんだ)・諾距羅(なこら)・跋陀羅(ばだら)・迦理迦(かりか)・伐闍羅弗多羅(ばじゃらほたら)・戍博迦(じゅばか)・半託迦(はんたか)・ら怙羅(らごら)・那迦犀那(なかさいな)・因掲陀(いんがだ)・伐那婆斯(ばなばす)・阿氏多(あじた)・注荼半託迦(ちゅだはんたか)です。
●浄瑠璃寺三重塔は三間(さんげん)三重塔婆(さんじゅうとうば)で、檜皮葺(ひわだぶき)です。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
浄瑠璃寺

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