北野天満宮福部社・北野天満宮見どころ(修学旅行・観光)

北野天満宮福部社

●北野天満宮福部社は本殿(国宝)西側に祀られている北野天満宮の摂社です。福部社は祭神・菅原道真の牛車を引く牛の世話役である舎人(とねり)・十川能福(そごうのうふく)を祀っています。福部社は開運招福の神とされています。福部社は例年3月12日に例祭が行われるています。
北野天満宮では例年節分(立春の前日)に節分祭追儺式が行われ、福部社の祭神・十川能福を主人公に創作した北野追儺狂言(きたのついなきょうげん)が茂山千五郎(しげやませんごろう)社中によって奉納されます。北野追儺狂言では北野天満宮の参拝者に悪事をはたらく鬼を福の神(十川能福)が退治します。ちなみに追儺は平安時代初期から大晦日に宮中で行われている鬼払いの儀式です。追儺は飛鳥時代後期の第42代・文武天皇(697年~707年)の時代に中国から伝わったとも言われています。追儺では黄金四つ目の面を付け、右手に矛(ほこ)、左手に楯(たて)を持った方相氏(ほうそうし)などが大内裏(だいだいり)の中を「鬼やらう」と大声を掛けながら鬼を追い払って回りました。なお追儺は鬼やらい・鬼遣らい・儺(な)やらい・鬼儺(おにやらい)・大儺(たいだ)・駆儺(くだ)などとも言われています。
一般的に舎人は天皇・皇族や貴族に近侍して仕え、警備・雑用などに従事していました。舎人は内舎人 (うどねり) ・大舎人(おおとねり)・中宮舎人(ちゅうぐうとねり)・東宮舎人(とうぐうとねり)・衛府(えふ)の兵士などの総称です。内舎人は身分の高い貴族の子弟、内舎人以外には下級官人・地方豪族の子弟などが任命されました。なお舎人は牛車の牛飼いや乗馬の口取りも含まれました。
●北野天満宮福部社は本殿が一間社(いっけんしゃ)流造(ながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
北野天満宮見どころ

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