龍安寺石庭・龍安寺見どころ

龍安寺石庭

●龍安寺石庭(方丈庭園)は特別名勝・史跡です。
●龍安寺石庭は寺伝によると室町時代末期(1500年頃)に禅僧によって作庭されたと言われています。作庭者は明確ではないが、相阿弥(そうあみ)説が長らく信じられてきたそうです。
相阿弥は生年不詳で、室町時代の絵師・連歌師・表具師・鑑定家である芸阿弥(げいあみ)の子、室町時代の絵師・茶人・連歌師・表具師・鑑定家である能阿弥(のうあみ)の孫として生まれました。相阿弥は室町時代の絵師・連歌師・鑑定家で、祖父・父に引き続いて足利将軍家に芸能に優れた同朋衆(どうぼうしゅう)として仕え、唐物(中国)の目利き・管理を行った唐物奉行(からものぶぎょう)も務めました。相阿弥は祖父・父などに学び、祖父・能阿弥によって開祖された阿弥派(あみは)の絵画を大成させたり、書院飾りを完成させたりしました。また書画の鑑定・造園・香・連歌・茶道など多方面でも活躍しました。阿弥派の画風は相阿弥・芸阿弥・能阿弥から三阿弥と称されました。相阿弥は青蓮院(しょうれんいん)の築山泉水庭・銀閣寺(慈照寺(じしょうじ))の庭園・長楽寺(ちょうらくじ)の庭園・願泉寺(がんせんじ)の庭園を作庭し、大徳寺大仙院(だいせんいん)の紙本墨画瀟湘八景図(しほんぼくがしょうしょうはっけいず)6幅(重要文化財)・大徳寺大仙院の紙本墨画瀟湘八景図16幅(重要文化財)・出光美術館所蔵の廬山観瀑図(ろざんかんばくず)・メトロポリタン美術館所蔵の四季山水図屏風(紙本墨画六曲一双)・クリーブランド美術館所蔵の山水図・サンフランシスコアジア美術館所蔵の観瀑図を描きました。また秘伝書「君台観左右帳記」・「東山殿御飾記」も著記しました。
●龍安寺石庭はは油土塀(あぶらどべい)に囲まれた縦約10メートル・横約25メートル・面積約75坪の枯山水式庭園です。石庭は白砂を敷いて帚目を付け、15個の石を一見無造作に配置しています。なお15個の石は織田信長(おだのぶなが)の祖父・織田信定(おだのぶさだ)が運びました。
枯山水は池や遣水(やりみず)などの水を用いず、地形や石・砂礫(されき)などで山水の風景を表現する庭園様式です。枯山水は水がない庭で、石で滝、白砂で水などを表現する石組みを主体とし、植物が用いられてもごく僅かです。枯山水は中国の庭園や中国の宋(そう)・明(みん)の山水画(破墨山水(はぼくさんすい))などの影響を受け、南北朝時代(1336年~1392年)から室町時代(1336年~1573年)に禅宗寺院を中心に発達しました。禅宗寺院では方丈前庭などに多く作庭されました。枯山水は最初実景の写実的な模写が多かったが、次第に象徴化・抽象化が進み、石の配列による空間構成の美が重視されるようになった。枯山水は仮山水(かさんすい)・故山水(ふるさんすい)・乾泉水(あらせんすい)・涸山水(かれさんすい)などとも言われています。
龍安寺見どころ

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