東寺観智院庭園・東寺見どころ(修学旅行)

東寺観智院庭園

●東寺観智院庭園には客殿(国宝)前の長者の庭(涅槃禄・長者の庭)・客殿と本堂の間の中庭である四方正面の庭・茶室楓泉観(ふうせんかん)の露地庭・茶室楓泉観近くの壺庭があります。長者の庭はかつて荒海に遣唐船や海神(龍)が表現されていた五大の庭(枯山水庭園)だったが、2017年(平成29年)に真言宗立教開宗1,200年の事業として、長者の庭(枯山水庭園)に京都伏見の造園会社・山田造園によって改修されました。長者の庭には隠岐の赤松を植樹した築山があり、築山と平岩(4.5メートル×2.5メートル)が切石の石橋で繋がっています。ちなみに長者の庭は普段は閉じられている門を開けるとは石と松越しに客殿が見えます。四方正面の庭は室町時代に作庭されたとも言われています。四方正面の庭は河の流れを栗石で表現し、長者の庭に繋がっています。
枯山水は池や遣水(やりみず)などの水を用いず、地形や石・砂礫(されき)などで山水の風景を表現する庭園様式です。枯山水は水がない庭で、石で滝、白砂で水などを表現する石組みを主体とし、植物が用いられてもごく僅かです。枯山水は中国の庭園や中国の宋(そう)・明(みん)の山水画(破墨山水(はぼくさんすい))などの影響を受け、南北朝時代(1336年~1392年)から室町時代(1336年~1573年)に禅宗寺院を中心に発達しました。
観智院は鎌倉時代後期の1308年(延慶元年)に後宇多法皇(第91代・後宇多天皇(ごうだてんのう))が御影堂(西院)に参籠した際、僧侶の住房(じゅうぼう)として計画したのが起源とも言われています。南北朝時代の1359年(延文4年・正平14年)頃に杲宝(ごうほう)が創建しました。その後杲宝の弟子・賢宝(げんぽう)が本尊・五大虚空蔵菩薩(ごだいこくうぞうぼさつ)を安置しました。江戸時代に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とく)がわいえやす)の黒印状(こくいんじょう)にあるように真言宗(しんごんしゅう)一宗の勧学院(かんがくいん)と言われました。なお杲宝・賢宝は東寺に伝わる数多くの文書類を編纂しました。杲宝・賢宝が集めた密教の聖教類は1万5千件以上にもなります。
観智院客殿は棟札(国宝)によると江戸時代前期の1605年(慶長10年)に観智院第10世・亮盛(りょうせい)が前年に亡くなった弟子の冥福を祈って再建したと言われています。客殿は桁行約12.7メートル・梁間約13.7メートルで、入母屋造のこけら葺(一部檜皮葺)です。客殿には上段の間・次の間・羅城の間・暗(あん)の間・使者の間があり、上段の間には宮本武蔵(みやもとむさし)筆の「鷲の図」と「竹林の図」が飾られています。なお客殿はかつて1359年(延文4年・正平14年)頃に杲宝(ごうほう)が建立しました。
東寺見どころ

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