八坂神社美御前社・八坂神社見どころ

八坂神社美御前社

●八坂神社美御前社は「祗園社神殿御旅所修理記・1646年(正保3年)」に記され、江戸時代初期(17世紀初頭)には既に祀られていたとも言われています。2012年(平成24年)に解体修理が行われました。八坂神社美御前社には宗像三女神(むなかたさんじょしん)と言われる市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)・多紀理比売命(たぎりひめのみこと)・多岐都比売命(たぎつひめのみこと)が祀られ、社前から湧き出している神水・美容水には肌の健康はもとより、心から美しく磨かれるご利益があるとも言われています。美容水は2、3滴を肌に漬けるとご利益があると言われています。
宗像三女神(市杵島比売命・多紀理比売命・多岐都比売命)は八坂神社の祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)が姉神・天照大神(あまてらすおおみかみ)と誓約(うけい)を交わした時に素戔嗚尊が持っていた十拳剣(とつかのつるぎ)を振りすすいで生まれたとも言われています。また天照大神が素戔嗚尊の十拳剣を噛んで吹き出した霧から生まれたとも言われています。宗像三女神は日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」に邇邇藝命(ににぎのみこと)の天孫降臨(てんそんこうりん)の際、天照大神から道中の安全を守護するようにと命じられたことから海上安全・交通安全の神として信仰されています。なお市杵島比売命は美人の誉れが高く、神仏習合時代には七福神のひとつである弁財天として信仰され、美貌の女神・吉祥天とも習合して、財福・芸能・美貌の神としても信仰されました。
●八坂神社美御前社は流造(ながれづくり)の銅板葺(どうばんぶき)です。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
銅板葺は銅を薄くした銅板で屋根を葺く方法です。銅板葺は近世に本格的に始まり、神社・霊廟などに多く用いられています。銅板葺は瓦葺に比べると自重が軽くて耐震性があり、檜皮葺・こけら葺に比べると耐久性があるとい言われています。なお765年(天平宝字9年・天平神護元年)に奈良・西大寺(さいだいじ)で銅板葺が用いられたのが最古の記録とも言われています。
八坂神社見どころ

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