永観堂画仙堂・永観堂見どころ

永観堂画仙堂

●永観堂画仙堂は1914年(大正3年)に日本画家・鈴木松僊(すずきしょうせん)の発願によって建立されました。画仙堂には鈴木松僊が描いた「天龍図」や関口雄揮(せきぐちゆうき)が描いた障壁画「浄土変相図」があります。
鈴木松僊は1872年(明治5年)に日本画家・鈴木松年(すずきしょうねん)の長男として京都に生まれました。祖父で、鈴木派の祖・鈴木百年(すずき ひゃくねん)と父・鈴木松年に日本画を学びました。ちなみに祖父・鈴木百年の画号に画仙堂があります。鈴木松僊は父・鈴木松年の命によって画仙堂の「天龍図」を描いたと言われています。また「赤壁之図」を描いたり、父・鈴木松年との合作で「椿に茶器」を描いたりしました。
関口雄揮は1923年(大正12年)に埼玉県児玉郡美里町に生まれました。幼少の頃から画家を志し、洋画家・古川弘(ふるかわひろし)に学びました。その後東京美術学校で日本画を学び、学徒出陣で学業を中断したが、戦後復学して教授・安田靫彦(やすだゆきひこ)の指導を受けました。卒業後に日本画家・東山魁夷(ひがしやまかいい)に師事しました。日本美術協会総裁賞の受賞し、その後文部省給費留学生としてフランスに留学しました。1970年代から北海道の取材を始め、冬の北海道の風景を描いた作品で知られています。
雲龍図は龍が仏法を守護する八部衆(はちぶしゅう)のひとつとされていることから法堂(はっとう)などの天井に描かれています。法堂は僧侶が経典の講義や説教などをする場で、雨を呼ぶ水神の龍が仏法の教えを雨のように降らすと言われています。また水神の龍が寺院を火から守るとの意味も込められていると言われています。なお八部衆は天(てん)・夜叉(やしゃ)・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅(あしゅら)・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩ご羅伽(まごらが)です。
●永観堂画仙堂は重層で、寄棟造(よせむねづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
寄棟造は四方向に傾斜する屋根面を持つ屋根の形式です。寄棟造は大棟(おおむね)の両端から四方に隅棟(すみむね)が降り、2つの台形と2つの二等辺三角形で構成されます。いずれも奈良県の東大寺の大仏殿や正倉院(しょうそういん)・唐招提寺(とうしょうだいじ)の金堂が代表例です。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
永観堂見どころ

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