仁和寺経蔵・仁和寺見どころ(修学旅行)

仁和寺経蔵

●仁和寺経蔵は1973年(昭和48年)6月2日に国の重要文化財に指定されました。
●仁和寺経蔵は江戸時代前期の1641年(寛永18年)から1645年(正保2年)に建立されました。仁和寺経蔵には中央に八角輪蔵(はっかくりんぞう)が設けられ、一面に96箱、八面で合計768箱の経箱が備えられ、その経箱に天海(てんかい)版の「一切経(いっさいきょう)」が収められています。仁和寺経蔵には内部に釈迦如来(しゃかにょらい)・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)・普賢菩薩(ふげんぼさつ)など六躯が安置され、壁面に八大菩薩(はちだいぼさつ)・十六羅漢(じゅうろくらかん)が描かれています。
一般的に経蔵は寺院で「一切経」などの経典を納める蔵です。経蔵は経堂・経楼とも言われています。
「一切経」は仏教の経典を総集したものです。「一切経」は経蔵(きょうぞう・仏の教説集)・律蔵(りつぞう・仏弟子の生活規範)・論蔵(ろんぞう・インド仏教学者による経の解釈)の三蔵(さんぞう)を中心にそれらの注釈書などを加えたものです。「一切経」には古代インドの標準的文章語である梵語(ぼんご・サンスクリット語)・古代中西部インドのパーリ語の原典にチベット語・中国語・蒙古語・満州語などの訳本があります。「一切経」は「大蔵経(だいぞうきょう)」とも言われています。「一切経」は中国の南北朝時代(439年~580年)から使用され、「大蔵経」は中国の隋時代(581年~618年)から使用されています。
八角輪蔵は中央の心柱を支えとする回転書架です。八角輪蔵はお釈迦様の転法輪(てんぼうりん)に由来し、中国南朝梁の傅大士(ふだいし)が起源とも言われています。傅大士は「一切経(大蔵経)」を閲覧する便を図って、転輪蔵を考案しました。
●仁和寺経蔵は桁行三間・梁間三間で、宝形造(ほうぎょうづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。仁和寺経蔵は正面に両開きの板唐戸(いたからど)、左右に花頭窓(かとうまど)がある禅宗様(ぜんしゅうよう)で統一されます。
宝形造は隅棟(すみむね)が屋根の中央に集まり、屋根の頂部に水平の棟を作らない屋根形式です。ちなみに宝形造は寄棟造(よせむねづくり)のように雨が四方に流れ落ちます。宝形造の名称は露盤(ろばん)・伏鉢(ふくばち)・宝珠(ほうじゅ))の総称を宝形と言うことに由来しています。なお宝形造は方形造とも言われています。屋根が六角形の場合に六注、八角形の場合に八注と言われています。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
禅宗様は鎌倉時代に禅宗とともに北宋(中国)から日本に伝わった建築様式です。禅宗様は全体に木割(きわり)が細く、詰め組の組み物を多く配し、木鼻(きばな)・拳鼻(こぶしばな)・刳り形(くりかた)・桟唐戸(さんからど)・花頭窓(かとうまど)・扇垂木(おうぎだるき)などの装飾的な造作が特徴になっています。山口県下関市・功山寺(こうざんじ)の仏殿(国宝)が日本最古の禅宗様の建築です。なお禅宗様は唐様 (からよう) とも言われています。
仁和寺見どころ

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