相国寺弁天社・相国寺見どころ(修学旅行)

相国寺弁天社

●相国寺弁天社は2007年(平成19年)3月16日に京都府指定有形文化財に指定されました。
●相国寺弁天社はかつて江戸時代中期(17世紀後半)頃に造営され、京都御苑内にあった久邇宮(くにのみや)邸の守護神として祀られていました。1880年(明治13年)に久邇宮家が東京に移る際、相国寺第126世・獨園承珠(どくおんしょうじゅ)が久邇宮朝彦親王(くにのみやあさひこしんのう)から寄進され、弁天講が組織されました。1957年(昭和32年)に弁天講が再興されたが、現在活動していません。なお相国寺弁天社には弁天さんのお使いである白蛇の額が掛かっています。
久邇宮は明治時代前期に伏見宮邦家親王(ふしみのみやくにいえしんのう)の第4王子・久邇宮朝彦親王(くにのみやあさひこしんのう)が創立した宮家です。久邇宮の宮号は奈良時代に第45代・聖武天皇が遷都した恭仁京(くにきょう・くにのみやこ)に由来していると言われています。1891年(明治24年)に初代・久邇宮朝彦親王が亡くなると2代・久邇宮邦彦王(くにのみやくによしおう)が相続しました。その後1937年(昭和12年)に2代・久邇宮邦彦王が亡くなると3代・久邇宮朝融王(くにのみやあさあきらおう)が相続したが、戦後GHQの指令によって皇籍を離脱しました。なお京都御苑には天正年間(1573年~1592年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が公家を御所周辺に移住させたことから江戸時代には200もの宮家・公家の邸宅が立ち並んでいました。
弁財天は仏教の守護神である天部(てんぶ)のひとつです。弁才天信仰は奈良時代に既に始まっており、弁財天は宗像三女神の市杵嶋姫命(いちきしまひめ)や吉祥天(きっしょうてん)と同一視され、恵比寿・大黒天・福禄寿・毘沙門天・布袋・寿老人とともに七福神に数えられています。弁財天には音楽・弁才・財福・知恵の徳があるとされています。
●相国寺弁天社は一間社(いっけんしゃ)春日造(かすがづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)
春日造は切妻造(きりづまづくり)の妻入(つまいり)で、正面に庇(ひさし)である階隠(はしかくし)を設け、屋根上(棟)に置き千木(ちぎ)・鰹木(かつおぎ)が付けられています。春日造は仏教建築の影響を受け、奈良時代中期に現れたとも言われています。春日造は奈良市の円成寺(えんじょうじ)の春日堂(国宝)・白山堂(国宝)が最古の例になります。ちなみに春日堂・白山堂は鎌倉時代の1228年(安貞2年)に春日大社の本殿を移築したものと言われています。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
相国寺見どころ

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