相国寺見どころを全部解説-知れば修学旅行・観光を満喫

相国寺見どころ

相国寺見どころを全部解説

相国寺見どころを全部徹底的に解説しています。法堂(重文)と蟠龍図(鳴き龍)・開山堂・方丈・庭園・浴室・庫裏・鐘楼・勅使門・宗旦稲荷神社・弁天社・承天閣美術館などの相国寺見どころ・魅力を解説しています。また相国寺の歴史や高さ360尺(109メートル)の七重大塔なども解説しています。(相国寺見どころの個別解説下記参照)

【相国寺のチェックポイント】
相国寺のチェックポイントは焼失と再建です。相国寺は南北朝時代の1382年(弘和2年・永徳2年)に室町幕府3代将軍・足利義満が室町第の東に一大禅宗伽藍を建立することを発願し、1392年(元中9年・明徳3年)に法堂・仏殿・大仏殿などの伽藍が完成しました。しかし1394年(応永元年)に寮舎からの出火で伽藍が全焼し、翌1395年(応永2年)から再建が開始され、1399年(応永6年)に高さ360尺(109メートル)の七重大塔が建立されました。しかし1403年(応永10年)に七重大塔が落雷で焼失し、1425年(応永32年)に出火で伽藍が全焼しました。1463年(寛正4年)に再建されたが、1467年(応仁元年)からの応仁の乱でも全焼しました。1470年(文明2年)に七重大塔が落雷で焼失しました。その後再建されたが、1549年(天文18年)にも伽藍が全焼しました。1584年(天正12年)に中興の祖と言われる相国寺92世・西笑承兌が再建を開始し、1605年(慶長10年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼の寄進によって法堂が再建され、1609年(慶長14年)に江戸幕府初代将軍・江徳川家康の寄進によって三門が建立されました。しかし1788年(天明8年)の天明の大火により、法堂・浴室以外の伽藍が焼失しました。その後開山堂・方丈・庫裏・鐘楼が再建されました。

【相国寺 歴史・簡単概要】
相国寺(しょうこくじ)は南北朝時代の1382年(弘和2年・永徳2年)に室町幕府3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が花の御所とも言われた室町第(むろまちだい)の東に一大禅宗伽藍(がらん)を建立することを発願したのが起源です。相国寺の寺号は創建時に足利義満が左大臣(さだいじん・左相国)であったことに由来しています。また中国における五山制度の始まりと言われる大相国寺にもあやかってもいます。1392年(元中9年)に伽藍が完成したが、その後度々焼失と再建を繰り返します。なお相国寺は1386年(元中3年・至徳3年)に足利義満が京都五山(天龍寺(てんりゅうじ)・相国寺・建仁寺(けんにんじ)・東福寺(とうふくじ)・万寿寺(まんじゅじ))を制定すると第2位に列せられ、1401年(応永8年)に第1位に列せられたが、1408年(応永15年)に足利義満が亡くなると1410年(応永17年)に第2位に戻されました。
相国寺歴史(起源・・・)

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【法堂の簡単解説 相国寺】★★★修学旅行・観光の見どころ
最大のハイライトである法堂(本堂・無畏堂(むいどう))は重要文化財です。法堂には須弥壇(しゅみだん)・祖師堂壇(そしどうだん)・土地堂壇(とちどうだん)があります。法堂には鏡天井(かがみてんじょう)に絵師・狩野光信(かのうみつのぶ)が描いた蟠龍図(ばんりゅうず)・鳴き龍(なきりゅう)もあります。法堂はかつて南北朝時代の1391年(元中8年・明徳2年)に建立されて法雷堂と称し、その後4度の焼失と再建を繰り返し、江戸時代初期の1605年(慶長10年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)の寄進によって再建されました。法堂は法堂建築としては日本最古とも言われています。法堂は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。法堂は一重もこし(裳階)付きです。法堂はその歴史と鳴き龍に注目です。法堂は最大のハイライトです。
(法堂・キーポイント)
●法堂は正面約28.72メートル(桁行五間)・側面約22.80メートル(梁間四間)・高さ約22メートルです。京都五山禅院(天龍寺・建仁寺・東福寺・万寿寺)の中では最大の建物です。ちなみに南禅寺は別格とされました。なお蟠龍図・鳴き龍は直径約9メートルです。法堂は鳴き龍とともに大きさに注目です。
●法堂は須弥壇に相国寺の本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)像を中心に阿難尊者(あなんそんじゃ)・迦葉尊者(かしょうそんじゃ)などを安置しています。
●法堂創建時に春屋妙葩(しゅんおくみょうは)が指揮を執り、足利義満が工事を視察したと言われています。伊予(愛媛)の河野族は材木を運搬したと言われています。
●豊臣秀頼は江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)の命により、米1万5千石を寄進しました。
●法堂は無畏堂(むいどう)とも言われています。

【鳴き龍の簡単解説 相国寺】
蟠龍図・鳴き龍は高さ約10.8メートルの法堂の鏡天井に絵師・狩野永徳(かのうえいとく)の長男である絵師・狩野光信が逆遠近法を使って描いたと言われています。鳴き龍は法堂の中央付近で手を叩くと天井に反響してカラカラという音が返ってくることから鳴き龍とも言われています。音は1秒間に天井と床を約16往復もするそうです。鳴き龍は描き方に注目です。
(鳴き龍・キーポイント)
●鳴き龍は狩野光信の最後の作品とも言われています。

【開山堂の簡単解説 相国寺】★修学旅行・観光の見どころ
開山堂(開山塔)は京都府指定有形文化財です。開山堂は円明塔とも言われています。開山堂は本堂の西にあります。開山堂には祀堂(しどう)・相の間(あいのま)・昭堂(しょうどう)から構成されています。開山堂は江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で焼失し、1807年(文化4年)に第116代・桃園天皇(ももぞのてんのう)の皇后・恭礼門院(きょうらいもんいん・一条富子(いちじょうとみこ))の女院御所の御殿(黒御殿)を賜って再建されました。開山堂はその歴史に注目です。
(開山堂・キーポイント)
●開山堂は相国寺勧請開山である夢窓国師(むそうこくし)石像、相国寺開山である春屋妙葩像、相国寺開基である足利義満像などを安置しています。
●かつての開山堂は室町時代前期の1395年(応永2年)に立柱が行われ、1425年(応永32年)に焼失したと言われています。

【方丈の簡単解説 相国寺】★修学旅行・観光の見どころ
ハイライトである方丈は京都府指定有形文化財です。方丈は本堂の北にあり、6室からなります。聴呼の間・琴棋書画の間に原在中(はらざいちゅう)が描いた八仙人図・琴棋書画図、梅の間に伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の弟子で、相国寺第115世・維明周奎(いみょうしゅうけい)が描いた老梅図などがあります。御所移しの間に飾られている吉野山桜図は土佐光起(とさみつおき)が描き、御所の清涼殿(せいりょうでん)から賜ったと言われています。方丈には中国の書家・張即子(ちょうそくし)の扁額(へんがく)があります。方丈は江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で焼失し、1804年(文化元年)に開山堂とともに再建が開始され、1807年(文化4年)に上棟されました。2013年(平成25年)に大修復されました。方丈は桟瓦葺(さんがわらぶき)の入母屋造・切妻造(きりづまづくり)です。
(方丈・キーポイント)
●方丈は正面(桁行)約25メートル・側面(梁間)約16メートルです。方丈は大きさに注目です。
●方丈には遠塵斎(えんじんさい・加藤信清(かとうのぶきよ))筆の観音菩薩(かんのんぼさつ)画像が掲げられています。
●方丈は仏間がなく、唐破風造(からはふつくり)の玄関に結ばれています。
●方丈では御朱印所(納経所)で御朱印などを授与しています。御朱印には伊藤若冲の特別御朱印もあります。(要確認)

【庭園の簡単解説 相国寺】★修学旅行・観光の見どころ
ハイライトである庭園には裏方丈庭園(京都市指定名勝)・開山堂庭園などがあります。裏方丈庭園は苔庭に石の川が造られ、滝組・枯池などがあります。開山堂庭園・龍渕水の庭は築山と流れの「山水の庭」と御影石の切石に囲まれた白砂に庭石を配置した「枯山水平庭」に分かれます。裏方丈庭園は春と秋の年2回公開されます。(要確認)庭園は作庭法に注目です。

【浴室の簡単解説 相国寺】★修学旅行・観光の見どころ
浴室(宣明)は京都府指定有形文化財です。浴室は方丈の西にあります。浴室は格式高い寺院だったことから宣明(せんみょう)と言うことが許されました。浴室は踏み込みの土間(どま)・沐浴場(もくよくじょう)・焚き口(たきぐち)土間があり、沐浴場の中央に風呂屋形が設けられ、蒸気浴をしながら柄杓(ひしゃく)で湯を掛けて入浴しました。浴室は室町時代中期の1400年(応永7年)頃に創建され、安土桃山時代の1596年(慶長4年)に再建され、2002年(平成14年)に復元修復されました。浴室はその歴史に注目です。
(浴室・キーポイント)
●浴室は水によって悟りを開いた跋陀婆羅菩薩(ばっだばらぼさつ).を祀っています。
●浴室(宣明)では体だけでなく、心の垢を落とすという意味もあるそうです。
●浴室は洛中に残る浴室遺構のひとつです。

【庫裏の簡単解説 相国寺】★修学旅行・観光の見どころ
庫裏(くり)は京都府指定有形文化財です。庫裏は香積院(こうしゃくいん)とも言われています。庫裏は本来台所です。庫裏は方丈のすぐ西にあります。庫裏には大玄関・通用出入口・竈(かまど)が設けられた台所があります。庫裏は江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で焼失し、1804年(文化元年)に開山堂・方丈とともに再建が開始され、1807年(文化4年)に完成したとも言われています。庫裏は本瓦葺の切妻造です。
(庫裏・キーポイント)
●庫裏は韋駄天(いだてん)像を祀っています。

【鐘楼の簡単解説 相国寺】
鐘楼(洪音楼)は京都府指定有形文化財です。鐘楼は洪音楼(こうおんろう)とも言われています。鐘楼は弁天社と宗旦稲荷神社に挟まれています。鐘楼は和様(わよう)と禅宗様(ぜんしゅうよう)の折衷様で、袴腰付です。鐘楼は江戸時代前期の1629年(寛永6年)に鋳造された鐘を釣っています。鐘楼は江戸時代後期の1843年(天保14年)に再建されたとも言われています。鐘楼は建築様式に注目です。

【勅使門の簡単解説 相国寺】
勅使門は京都府指定有形文化財です。勅使門は御幸門(みゆきもん)とも言われています。勅使門は総門の西に並んで建っています。総門は日常の門だが、勅使門は特別の時に使用されます。勅使門は四脚門です。勅使門は慶長年間(1596年~1615年)に再建されたと言われています。

【総門の簡単解説 相国寺】
総門は京都府指定有形文化財です。総門は勅使門の横に建立されています。かつての総門は室町一条にあったが、度々焼失したそうです。総門は1797年(寛政9年)に第113世・梅荘顕常(大典禅師)が再建しました。

【弁天社の簡単解説 相国寺】
弁天社は京都府指定有形文化財です。弁天社は鐘楼の西にあります。 弁天社はかつて京都御苑内にあった久邇宮邸の守護神だったと言われています。弁天社には弁天さんのお使いである白蛇の額が掛かっています。

【宗旦稲荷神社の簡単解説 相国寺】
宗旦稲荷神社(そうたんいなりじんじゃ)は鐘楼の東にあります。宗旦稲荷神社には宗旦狐の逸話が残されています。境内に住んでいた白狐(びゃっこ)が千利休の孫・千宗旦(せんのそうたん)に化け、見事なお点前を披露したというものです。宗旦稲荷神社は茶道(芸事)の上達・商売繁盛にご利益があると言われています。宗旦稲荷神社はパワースポットです。

【八幡宮の簡単解説 相国寺】
八幡宮は相国寺の鎮守社です。八幡宮は境内の西にあります。八幡宮はかつて足利義満が造営した花の御所にあったが、その後境内に移されました。八幡宮は一間社流造です。
(八幡宮・キーポイント)
●八幡宮は源氏の氏神である八幡神を祀っています。

【承天閣美術館の簡単解説 相国寺】★★★修学旅行・観光の見どころ
承天閣美術館(じょうてんかくびじゅつかん)は境内の北西にあります。承天閣美術館は1984年(昭和59年)に相国寺創建600年記念事業の一環として開館しました。承天閣美術館では金閣寺・銀閣寺などが所有する文化財も収蔵・展示しています。ちなみに伊藤若冲の「月夜芭蕉図床貼付(重要文化財)」・「葡萄小禽図床貼付(重要文化財)」なども収蔵されています。(要確認)承天閣美術館は伊藤若冲などの所蔵品に注目です。
承天閣美術館(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

●上記以外の相国寺見どころは下記リンクから確認することができます。
相国寺見どころ(法堂・開山堂など)

【相国寺見どころ解説以外の情報】
相国寺基本情報

【相国寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都・相国寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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