東福寺浴室・東福寺見どころ

●東福寺浴室は1907年(明治40年)8月28日に国の重要文化財に指定されました。
●東福寺浴室は室町時代中期の1459年(長禄3年)に建立されました。東福寺浴室は京都最古の浴室建築で、日本国内で奈良・東大寺(とうだいじ)の湯屋(ゆや)に次いで古いと言われています。東福寺浴室は中央に板敷きの上に2つの蒸し風呂、土間の奥の左右に腰掛、後方に釜と焚き口があります。
一般的に浴室は浴場のある建物です。古くから神道では川や滝で沐浴(もくよく)の一種である禊(みそぎ)が行われていました。飛鳥時代に仏教が伝来すると僧侶が沐浴する浴堂(湯堂)などが建立されました。ただ入浴は湯に浸かるのではなく、薬草などを入れた湯を沸かし、蒸気を浴堂内に取り込んだ蒸し風呂形式でした。その後社寺などに参籠する大衆用の潔斎浴場(けっさいよくじょう)も別に建てられ、大湯屋と称しました。平安時代には上級の公家の屋敷内に蒸し風呂の浴堂が取り入れられるようになり、清少納言(せいしょうなごん)の随筆「枕草子(まくらのそうし)」にも蒸し風呂の様子が記されています。ちなみに僧侶は潔斎の為に早くから湯を別の湯槽に入れて行水することもあったが、大衆は長く蒸し風呂形式で、江戸時代初期に湯に浸かる浸す方式になりました。なお浴室は禅宗寺院で本尊を安置する仏殿(金堂)・仏国土に至る三門(山門)・僧侶の居住する庫裏(くり)・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・仏道修行に励む禅堂(そうどう)・トイレである東司(とうす)とともに七堂伽藍に数えられています。また浴室は僧堂・東司とともに私語を謹む三黙堂(さんもくどう)に数えられています。
●東福寺浴室は桁行三間・梁間四間で、前面が入母屋造・後方が切妻造の本瓦葺のです。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
東福寺見どころ

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