東寺門・東寺見どころ(修学旅行)

●東寺門は蓮花門が国宝、北総門・北大門・慶賀門・東大門・南大門・灌頂院北門・東寺灌頂院東門が国の重要文化財に指定されました。
●東寺蓮花門は鎌倉時代初期の1191年(建久2年)に北面の武士だった文覚上人(もんがくしょうにん・遠藤盛遠(えんどうもりとお))が再建しました。東寺蓮花門は山内最古の門で、宝蔵に次いで古い伽藍と言われています。東寺蓮花門には真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が高野山に向かう際、大師堂(御影堂・不動堂)の不動明王(不動明王坐像)が蓮花門で見送ったという伝承が残っています。不動明王の足下や歩んできた跡に蓮花が咲いたとも言われ、蓮花門の名称の由来になっています。なお東寺蓮花門は三間一戸(さんげんいっこ)の八脚門で、切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
●東寺南大門は1868年(明治元年)に焼失しました。現在の東寺南大門は江戸時代初期の1601年(慶長6年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)が三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)の西大門として建立し、1895年(明治28年)に京都国立博物館が建設されることになり、1895年(明治28年)に東寺に移されました。なお東寺南大門は三間一戸の八脚門で、切妻造の本瓦葺です。東寺南大門は幅約18メートル・高さ約13メートルで、東寺山内最大の門です。
●東寺北総門は鎌倉時代前期(1185年~1274年)に建立されました。なお東寺北総門は四脚門で、切妻造の本瓦葺です。
●東寺北大門は江戸時代初期の1601年(慶長6年)頃に建立されました。なお東寺北大門は三間一戸の八脚門で、切妻造の本瓦葺です。
●東寺慶賀門は鎌倉時代前期(1185年~1274年)に建立されました。なお東寺慶賀門は三間一戸の八脚門で、切妻造の本瓦葺です。
●東寺東大門は鎌倉時代前期に文覚上人(遠藤盛遠)が再建し、江戸時代初期の1605年(慶長10年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼が補修したとも言われています。また東寺東大門は1605年(慶長10年)に再建されたとも言われています。東寺東大門は南北朝時代に室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)が新田義貞(にったよしさだ)に攻められた際、門を閉めて難を逃れたことから不開門(あかずのもん)とも言われています。なお東寺東大門は三間一戸の八脚門で、切妻造の本瓦葺です。
●東寺灌頂院北門は鎌倉時代前期(1185年~1274年)に建立されました。なお東寺灌頂院北門は四脚門で、切妻造の本瓦葺です。
●東寺灌頂院東門は鎌倉時代前期(1185年~1274年)に建立されました。なお東寺灌頂院東門は四脚門で、切妻造の本瓦葺です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
東寺見どころ

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