智積院の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

智積院の国宝・重要文化財などの見どころ解説
智積院の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには弘法大師を祀る大師堂(府指定有形文化財)、興教大師を祀る密厳堂(府指定有形文化財)、千利休好みで、東山随一と言われる庭園(名勝)などがあります。また転法輪堂・魔王殿・冠木門なども見逃せません。
- 弘法大師・空海を祀る大師堂(府指定有形文化財)
- 興教大師・覚鑁を祀る密厳堂(府指定有形文化財)
- 金剛界大日如来を祀り、智積院の本堂である金堂
- 阿弥陀如来を祀る講堂(方丈殿)
- 千利休好みで、東山随一の庭と言われる庭園(名勝)
【弘法大師を祀る大師堂(府指定有形文化財)の見どころ解説】
★大師堂は庭園に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。大師堂は真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)を祀り、遍照金剛院とも言われました。扁額「遍照金剛殿(へんじょうこんごう)」が掛けられています。大師堂は弘法大師像を安置しています。弘法大師像は江戸時代に東寺(とうじ)の御影堂に安置されている弘法大師像を摸刻したと言われています。
★歴史:大師堂は1789年(寛政元年)に再建されました。江戸浅草の宝持院真融法印の寄付金300両をもとに役寺の愛宕、円福寺の胎通法印、真福寺の純雅法印が尽力して費用を捻出したと伝えられています。
★様式:大師堂は桁行正面五間・背面三間・梁行五間、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。正面に唐破風造(からはふづくり)の向拝(こうはい)があります。
★豆知識:「遍照金剛」は弘法大師・空海が中国長安・青竜寺(せいりゅうじ)の恵果(えか)から授けられた灌頂名です。
【興教大師を祀る密厳堂(府指定有形文化財)の見どころ解説】
★密厳堂は見逃せません。密厳堂は開山堂で、新義真言宗(しんぎしんごんしゅう)始祖である興教大師(こうぎょうだいし)・覚鑁(かくばん)を祀っています。智積院7世・運敞僧正(うんしょうそうじょう)筆の扁額「密厳堂」が掛けられています。
★歴史:密厳堂は1667年(寛文7年)に建立されました。運敞僧正が末寺・学侶に寄付を募って建立されたと言われています。
★様式:密厳堂は桁行五間・梁行五間、入母屋造の本瓦葺です。背面突出部は桁行一間・梁行一間、切妻造(きりづまづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
【梵鐘を釣る鐘楼(府指定有形文化財)の見どころ解説】
★鐘楼は1616年(元和2年)に鋳造された梵鐘(ぼんしょう)を釣っています。
★歴史:鐘楼は豊国神社の末寺に建立され、1667年(寛文7年)に移築されたと言われています。
★様式:鐘楼は桁行一間・梁行一間、切妻造の本瓦葺です。
★豆知識:豊国神社は1598年(慶長3年)に亡くなった関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の遺体を遺命により、東山阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)に弔い、その麓に廟所が建立されたのが起源です。1615年(慶長20年)に大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう)の勅許を得て、豊臣秀吉の神号「豊国大明神」を剥奪し、豊国神社を取り壊しました。
【運敞僧正の著作を収蔵する運敞蔵の見どころ解説】
★運敞蔵は智積院7世・運敞僧正の著作などを収蔵しています。また運敞僧正坐像も安置しています。
★歴史:運敞蔵は1673年(延宝元年)に運敞僧正が建立しました。
【文殊堂・護摩堂とも言われる求聞持堂の見どころ解説】
★求聞持堂(ぐもんじどう)は本尊・虚空蔵菩薩(こくううぞうぼさつ)や文殊菩薩(もんじゅぼさつ)・不動明王(ふどうみょうおう)を安置しています。求聞持堂は文殊堂・護摩堂とも言われています。
★歴史:求聞持堂は1851年(嘉永4年)に建立されました。
【「麦つき不動」を祀る明王殿の見どころ解説】
★明王殿(不動堂)は「麦つき不動」とも言われる本尊・不動明王(ふどうみょうおう)坐像を安置しています。不動明王は根来寺(ねごろじ)近くの辻堂に安置されていたとも言われています。
★歴史:明王殿は江戸時代(1603年~1868年)に浄土宗(じょうどしゅう)の大雲院(だいうんいん)の本堂として建立されたと言われています。その後講堂が建立されていた場所に移されたが、講堂が再建されることになり、1992年(平成4年)に現在の場所に移されました。
【堂本印象が描いた障壁画がある宸殿の見どころ解説】
★宸殿は智積院能化が賓客を迎える建物です。宸殿には堂本印象(どうもといんしょう)が描いた障壁画「婦女喫茶図」・「松桜柳の図」・「朝顔に鶏の図」・「朝顔に茄子の図」・「流水に鳶の図」が飾られています。なお宸殿は通常非公開だが、秋の観月会で特別公開されています。
★歴史:宸殿は1958年(昭和33年)に建立されました。
【智積院の本堂である金堂の見どころ解説】
★金堂は修学旅行・観光で見る価値があります。金堂は智積院の本堂、金剛界(こんごうかい)大日如来(だいにちにょらい)を祀っています。また地下に胎蔵界(たいぞうかい)大日如来も祀られています。扁額「智積院」が掛けられています。
★歴史:金堂は1975年(昭和50年)に宗祖弘法大師生誕1,200年の記念事業として再建されました。なお金堂は1701年(元禄14年)に智積院10世・専戒僧正(せんかいそうじょう)が発願し、江戸幕府5代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)の生母・桂昌院(けいしょういん)の寄進などで着工され、1705年(宝永2年)に建立されたが、1882年(明治15年)に火災で焼失しました。
★様式:金堂は鉄筋コンクリート造です。金堂は入母屋造の瓦葺です。
【阿弥陀如来を祀る講堂(方丈殿)の見どころ解説】
★講堂(方丈殿)は京都の寺院の中で最も大きい講堂と言われています。講堂は本尊・阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像を安置しています。講堂には2008年(平成20年)に「日本の春夏秋冬」を題材にした田淵俊夫(たぶちとしお)が描いたの襖絵(墨絵)60点が飾られています。
★歴史:講堂は1995年(平成7年)に興教大師850年御遠忌記念事業として再建されました。なお講堂は祥雲禅寺(しょううんぜんじ)の法堂をもとに建立されたが、1682年(天和2年)に焼失し、1684年(貞享元年)に後水尾天皇の中宮・東福門院(とうふくもんいん・徳川和子(とくがわまさこ))の旧殿・対屋をもとに再建されたが、1947年(昭和22年)に再び焼失しました。なお1947年(昭和22年)に焼失した際に国宝に指定されていた宸殿の障壁画16面も焼失しました。
★様式:講堂は総檜造(そうひのきづくり)です。講堂は桁行十八間・梁間九間、入母屋造です。
★豆知識:1992年(平成4年)に発掘調査が行われ、豊臣秀吉が子・棄丸(すてまる・鶴松)の菩提を弔う為に建立した祥雲禅寺の客殿の遺構が確認されました。
【「智専の鐘」を釣る鐘楼堂の見どころ解説】
★鐘楼堂では例年12月31日の除夜の鐘(じょやのかね)が梵鐘が撞かれています。
★歴史:鐘楼堂は1998年(平成10年)に旧宗立智山専門学校同窓生による智専会が梵鐘とともに寄進しました。梵鐘は「智専の鐘」と言われています。
【東山随一の庭と言われる庭園(名勝)の見どころ解説】
★庭園は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。庭園は千利休(せんのりきゅう)好みとも言われている池泉鑑賞式庭園です。庭園は一部が豊臣秀吉が建立した祥雲禅寺の遺構とされています。庭園にはサツキ・ツツジなどの植物が植えられていれます。
★歴史:庭園は中国の廬山(ろざん)を模し、山は廬山、池は長江(ちょうこう・揚子江(ようすこう)をモデルにして作庭されています。庭園は石橋よりも奥が祥雲禅寺の時代(安土桃山時代(1573年~1603年))に作庭され、滝の落ちる正面は江戸時代(1603年~1868年)に作庭されました。庭園は運敞僧正が修復し、東山随一の庭と言われるようになりました。
【智積院檀徒の寄進した冠木門の見どころ解説】
★冠木門(かぶきもん)は1984年(昭和59年)に宗祖弘法大師1,150年御遠忌を記念し、智積院檀徒の寄進によって建立されました。
【三神社の本殿・拝殿(府指定有形文化財)の見どころ解説】
★三神社には本殿・拝殿(府指定有形文化財)があります。本殿は中殿・左殿・右殿から構成されています。
★歴史:三神社は17世紀(江戸時代前期から中期)に建立されました。拝殿は智積院3世・日誉僧正が建立し、智積院7世・運敞僧正が現在の場所に移したと言われています。
★様式:本殿は中殿・右殿が一間社(いっけんしゃ)流造(ながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)、左殿が一間社春日造(かすがづくり)の檜皮葺です。拝殿は桁行三間・梁行二間、入母屋造の桟瓦葺です。
【智積院の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・智積院(見どころ・アクセス・・・)ホームページ
















