高台寺見どころを全部解説-知れば修学旅行・観光を満喫

高台寺桜

高台寺見どころを全部解説

高台寺見どころを全部徹底的に解説しています。霊屋(重文)と北政所の遺骸・開山堂(重文)・傘亭(重文)・時雨亭(重文)・観月台(重文)・庭園(名勝・史跡)などの高台寺見どころ・魅力を解説しています。また高台寺の歴史や豊臣家(北政所・秀吉)の関係なども解説しています。(高台寺見どころの個別解説下記参照)

【高台寺のチェックポイント】
高台寺のチェックポイントは関白・豊臣秀吉が築城した伏見城です。伏見城は1592年(文禄元年)に関白・豊臣秀吉が伏見指月に築城したが、1596年(慶長元年)の慶長伏見地震で建物が倒壊し、その後木幡山に場所を移して再築城が開始され、1597年(慶長2年)に天守閣が完成し、1598年(慶長3年)に豊臣秀吉が伏見城内で亡くなりました。高台寺創建時には伏見城から建物が移築され、方丈・傘亭・時雨亭・観月台・表門などが建立されました。また伏見城からは北政所化粧御殿とその前庭も移築され、北政所の邸宅・高台院屋敷になりました。高台院屋敷は1624年(寛永元年)に北政所が亡くなるとその後甥・木下利房が三江紹益を開山として塔頭・圓徳院に改めました。圓徳院にあった北政所化粧御殿は1795年(寛政7年)に焼失した高台寺の小方丈として移築されたが、幕末に公武合体派の福井藩藩主・松平慶永(松平春嶽)の宿所になったことから討幕派の放火によって焼失しました。なお高台寺は創建以来、度々火災に見舞われ、創建時の仏殿・方丈などが焼失し、焼失を免れた伽藍は伏見城から移築された傘亭・時雨亭・観月台・表門と霊屋と言われています。

【高台寺 歴史・簡単概要】
高台寺(こうだいじ)とは1606年(慶長11年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の正室で、高台寺開基・北政所(きたのまんどころ・ねね)が1598年(慶長3年)に亡くなった豊臣秀吉の菩提を弔う為、弓箴善彊(きゅうしんぜんきょう)を開山として創建しました。北政所は当初実母・朝日局(あさひのつぼね・(朝日殿・吉子・おこひ))が弔われている菩提寺(ぼだいじ)・康徳寺(こうとくじ)に弔うとしたが、手狭だったことから岩栖院(がんせいいん)を移転させ、康徳寺を移して新たに高台寺を創建しました。高台寺の寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の1603年(慶長8年)に第107代・後陽成天皇(ごようぜいてんのう)から賜った院号「高台院湖月尼(こうだいいんこげつに)」に由来しています。
高台寺歴史(起源・・・)

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【霊屋の簡単解説 高台寺】★★★修学旅行・観光の見どころ
最大のハイライトである霊屋(おたまや)は重要文化財です。霊屋は関白・豊臣秀吉を祀っている東山・阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)の豊国廟(ほうこくびょう)に向かって建立されていると言われています。霊屋は内陣の須弥壇(しゅみだん)などに黒漆(くろうるし)に金蒔絵(きんまきえ)が施され、高台寺蒔絵(まきえ)と言われています。霊屋には絵師・狩野永徳(かのうえいとく)などが描いた絵もあります。霊屋は1605年(慶長10年)に建立されました。霊屋は檜皮葺(ひわだぶき)の宝形造(ほうぎょうづくり)です。正面に向拝(こうはい)一間・唐破風(からはふ)付きです。霊屋は高台寺蒔絵に注目です。
(霊屋・キーポイント)
●霊屋は桁行四間・梁間三間です。
●霊屋は中央の厨子(ずし)に豊臣秀吉の念持仏・守り本尊と言われている大随求菩薩(だいずいくぼさつ)像、向かって右の厨子に豊臣秀吉の坐像、左の厨子に開基・北政所の片膝立の木像を安置しています。北政所の木像は白い護巾を頭に被る尼僧姿です。北政所の木像の地下数メートルには1624年(寛永元年)10月17日に亡くなった北政所の遺骸が葬られているとも言われています。霊屋はその意味にも注目です。

【開山堂の簡単解説 高台寺】★★★修学旅行・観光の見どころ
ハイライトである開山堂は重要文化財です。開山堂はかつて開基・北政所の持仏堂(じぶつどう)だったと言われる禅宗様(ぜんしゅうよう)の仏堂です。開山堂は天井に豊臣秀吉の御座舟(ござぶね)の天井と開基・北政所の御所車(ごしょぐるま)の天井が使われています。また天井に絵師・狩野山楽(かのうさんらく)が描いたと言われている「龍図」があります。開山堂は1605年(慶長10年)に建立され、1625年(寛永2年)に増築されたと言われています。開山堂は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。開山堂は建築様式に注目です。
(開山堂・キーポイント)
●開山堂は桁行五間・梁間三間です。
●開山堂は中央に中興開山・三江紹益(さんこうじょうえき)像、右に北政所の兄・木下家定(きのしたいえさだ)と妻・雲照院(うんしょういん)像、左に高台寺普請に尽力した堀直政(ほりなおまさ)像を安置しています。
●開山堂は床が総瓦敷です。

【傘亭の簡単解説 高台寺】★修学旅行・観光の見どころ
茶室・傘亭(かさてい)は重要文化財です。傘亭は屋根付きの土間廊下(どまろうか)で時雨亭と繋がっています。傘亭はかつて池に面し、舟が出入りする舟入口があります。傘亭は千利休好み(せんのりきゅう)とも言われています。傘亭は桃山時代(1573年~1614年)に造営されました。傘亭は茅葺(かやぶき)の宝形造です。
(傘亭・キーポイント)
●傘亭は桁行二間・梁間三間で、下屋が桁行一間・梁間一間です。
●傘亭は正式には安閑窟(あんかんくつ)と言うが、屋根裏の竹垂木(たけだるき)が傘の骨に似ていることから傘亭と言われています。傘亭は天井板がなく、丸太と竹で扇垂木(おうぎだるき)状に組まれた化粧屋根裏(けしょうやねうら)です。傘亭は構造に注目です。
●傘亭は豊臣秀吉が築城した伏見城の遺構で、草堂(そうどう)・高堂(こうどう・学問所)とも言われていました。

【時雨亭の簡単解説 高台寺】★修学旅行・観光の見どころ
茶室・時雨亭(しぐれてい)は重要文化財です。時雨亭は珍しい2階建て(一重二階)の茶室です。1階は水屋兼待合、2階は茶席て、2階は3方の掛け戸を突き上げで開くことができます。時雨亭は傘亭と繋がっています。時雨亭は傘亭と同じく、豊臣秀吉が築城した伏見城から移されたとも、千利休好みとも言われています。ただ時雨亭は江戸時代前期(1615年~1660年)に造営されました。時雨亭は茅葺の入母屋造です。
(時雨亭・キーポイント)
●時雨亭は桁行四間・梁間二間です。
●時雨亭は豊臣秀吉が時雨のように不意に訪れたことから名付けられたとも言われています。時雨亭は由緒に注目です。
●時雨亭では開基・北政所が1615年(慶長20年)の大坂城落城を2階から見ていたとも言われています。

【観月台の簡単解説 高台寺】
観月台は重要文化財です。観月台は開山堂と書院を結ぶ楼船廊(ろうせんろう)の途中にあります。観月台は一間四方で、三方に唐破風があります。観月台は豊臣秀吉遺愛とも言われています。また観月台では開基・北政所が豊臣秀吉を偲びながら月を眺めたとも言われています。観月台は桃山時代(1573年~1614年)に建てられました。観月台は檜皮葺の三方唐破風造です。観月台はその歴史に注目です。
(観月台・キーポイント)
●観月台は桁行一間・梁間一間です。

【表門の簡単解説 高台寺】
表門(総門・山門)は重要文化財です。表門は三間薬医門(さんげんやくいもん)です。表門は桃山時代(1573年~1614年)に関白・豊臣秀吉の子飼いの家臣で、賤ヶ岳の七本槍(しずがたけのしちほんやり)に数えられた加藤清正(かとうきよまさ)が伏見城に建て、伏見城から移されたとも言われています。表門は本瓦葺の切妻造(きりづまづくり)です。

【庭園の簡単解説 高台寺】★★修学旅行・観光の見どころ
ハイライトである庭園は名勝・史跡です。庭園は桜の名所・萩の名所として知られています。庭園は東山を借景にし、臥龍池(がりょういけ)・偃月池(えんげつち)がある池泉回遊式庭園です。石組みの見事さから桃山時代を代表する庭園とも言われています。庭園は大名・茶人・作庭家である小堀遠州(こぼりえんしゅう・小堀政一(こぼりまさかず))が作庭したと言われています。庭園は石組や植物に注目です。庭園は最大のハイライトで、インスタ映えスポットです。
(庭園・キーポイント)
●庭園は石・樹木が豊臣秀吉が築城した伏見城から移されたとも言われています。
●庭園は偃月池に亀島・鶴島があり、鶴亀の庭とも言われています。

【梵鐘の簡単解説 高台寺】
梵鐘は重要文化財です。梵鐘は1606年(慶長11年)に開基・北政所の兄・木下家定(きのしたいえさだ)が三条釜座(さんじょうかまんざ)・藤原対馬守国久(ふじわらつしまのかみくにひさ)に鋳造させました。梵鐘には曹洞宗(そうとうしゅう)の僧・弓箴善彊(きゅうしんぜんきょう)による撰文があります。梵鐘は撰文に注目です。
(梵鐘・キーポイント)
●梵鐘は高さ約2メートル・口径約1.1メートルです。
●2016年(平成28年)に梵鐘が約400年振りに新調されました。新しい梵鐘は高さ約2メートル・直径約1.2メートル・重さ約2トンです。

【方丈の簡単解説 高台寺】★★修学旅行・観光の見どころ
方丈は庫裏(くり)の右手にあり、方丈は前に庭園・波心庭(はしんてい)があります。方丈は1912年(大正元年)に再建されました。かつての方丈は豊臣秀吉が築城した伏見城から移されと言われています。方丈は波心庭に注目です。桜シーズンやライトアップ期間中は普段と違った光景が見られます。
(方丈・キーポイント)
●方丈は高台寺の本尊・釈迦如来坐像(宝冠釈迦)を安置しています。

【庫裏の簡単解説 高台寺】
庫裏(くり)は拝観受付の側にあり、方丈と繋がっています。ただ庫裏は通常非公開です。庫裏は本来台所です。庫裏は玄関に「夢」と書かれた衝立(ついたて)があります。庫裏は本瓦葺の切妻造です。

【天満宮の簡単解説 高台寺】
天満宮(高台天神)は鎮守社です。天満宮は勅使門近くにあります。天満宮は1606年(慶長11年)の創建時に開基・北政所が日頃崇拝していた綱敷天満宮(つなしきてんまんぐう)の祭神・菅原道真を勧請したと言われています。天満宮には開運・出世・健康長寿・災難厄除などのご利益があると言われています。天満宮はパワースポットです。
(天満宮・キーポイント)
●天満宮には菅原道真のお使いであるなで牛もあります。

【勅使門の簡単解説 高台寺】
勅使門(ちょくしもん)は方丈の南にあります。勅使門は方丈とともに1912年(大正元年)に再建されました。勅使門と方丈の間には波心庭があります。

【臥龍廊の簡単解説 高台寺】★★修学旅行・観光の見どころ
ハイライトである臥龍廊(がりょうろう)は臥龍池(がりょういけ)の上に架けられ、霊屋と開山堂を結ぶ屋根付きの廊下・階段です。臥龍廊は龍の背に似ているところから名付けられました。臥龍廊は全長約60メートルです。現在は通ることはできません。臥龍廊は紅葉シーズンが特に美しいと言われています。

【遺芳庵の簡単解説 高台寺】
茶室・遺芳庵(いほうあん)は一畳台目の田舎屋風の茶室です。遺芳庵は江戸時代に京都の豪商・灰屋紹益(はいやじょうえき)が島原の名妓で、夫人だった吉野太夫(よしのたゆう)を偲んで建てたとも言われています。遺芳庵は壁一杯に設けられた丸窓が吉野窓と言われています。遺芳庵は1908年(明治41年)に灰屋紹益の旧邸跡から移されました。遺芳庵は由緒に注目です。
(遺芳庵・キーポイント)
●吉野太夫は香道・和歌・華道・茶道にも精通した島原の名妓だったそうです。

【鬼瓦席の簡単解説 高台寺】
茶室・鬼瓦席(おにがわらのせき)は四畳半の茶室です。鬼瓦席は灰屋紹益と吉野太夫を偲んで建てられたと言われています。鬼瓦席は遺芳庵と同じく、1908年(明治41年)に灰屋紹益の旧邸跡から移されました。鬼瓦席は点前畳の上に楽焼きの鬼瓦があることから名付けられたそうです。鬼瓦席は由緒に注目です。

●上記以外の高台寺見どころは下記リンクから確認することができます。
高台寺見どころ(霊屋・開山堂など)

【高台寺見どころ解説以外の情報】
高台寺基本情報

【高台寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都・高台寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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