法輪寺十三まいり2019/3/13~5/13

虚空蔵法輪寺

法輪寺十三まいりは京都の風物詩です。十三まいりは毎年3月13日から5月13日まで行われています。十三まいりは数え年で13歳になった清和天皇が法輪寺で成人の証として勅願法要を行ったのが起源とされています。なお十三まいりでは漢字一字を書き、一字写経として虚空蔵菩薩に奉納し、知恵を授かって、子どもの幸福を祈願します。(詳細下記参照)

【法輪寺十三まいり2019 日程時間(要確認)】
法輪寺十三まいり2019は2019年(平成31年)3月13日(水曜日)~5月13日(月曜日)まで行われます。

【法輪寺十三まいり アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市西京区嵐山虚空蔵山町68
最寄り駅・バス停・・・阪急嵐山駅前(徒歩約3分)、嵐山(徒歩約5分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から法輪寺は28系統(D3乗り場)阪嵐
*四条河原町からは11系統嵐
*四条烏丸からは11系統嵐
*河原町丸太町からは93系統嵐
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*阪急電鉄嵐山線の場合、最寄り駅は嵐山駅(徒歩約5分)
*嵐電(京福電鉄)嵐山線の場合、最寄り駅は嵐山駅(徒歩約10分)
*JR嵯峨野線の場合、最寄り駅は嵯峨嵐山駅(徒歩約15分)

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【法輪寺十三まいり 歴史・簡単概要】
法輪寺十三まいり(じゅうさんまいり)・十三詣り・十三参りは平安時代初期に数え年で13歳になった清和天皇(850年~881年)が法輪寺で成人の証として勅願法要を行ったのが起源とされています。その後成人儀礼として法輪寺の虚空蔵菩薩に参拝し、智恵を授かる十三まいりが行われるようになりました。十三まいりでは漢字一字を書き、一字写経として虚空蔵菩薩に奉納し、知恵を授かって、子どもの幸福を祈願します。なお法輪寺の本尊・虚空蔵菩薩(秘仏)は降臨する際、「智恵を得んと慾し」・「福徳を得んと慾し」などと祈願する者はわが名を称念せよと説いたとされることから古くから智恵・福徳の守護仏として、信仰されてきたそうです。虚空蔵菩薩は円蔵寺と金剛証寺の虚空蔵菩薩と合わせて、日本三大虚空蔵に数えられています。ちなみに虚空蔵とは宇宙のあらゆる物を一切収蔵しているという意味だそうです。
十三まいりでは本堂を出た後に後ろを振り返ると授かった智恵が返るという言い伝えがあり、渡月橋を渡り終わるまでは後ろを振り向かないようにする必要があると言われています。なお十三まいりは知恵まいり・知恵詣り・知恵参りとも言われています。

【法輪寺 歴史・簡単概要】
法輪寺(ほうりんじ)・虚空蔵法輪寺(こくうぞうほうりんじ)は三光明星尊を祀った葛野井宮(かずいのぐう)があった場所とも言われています。法輪寺は寺伝によると713年(和銅6年)に僧・行基(ぎょうき・ぎょうぎ)が第43代・元明天皇の勅願によって創建した木上山葛井寺(もくじょうざんかづのいでら)が起源と言われています。木上山葛井寺は国家安穏・万民の繁栄・五穀豊穣・産業の興隆を祈願する勅願所となったとも言われています。829年(天長6年)に真言宗の開祖である弘法大師・空海の高弟・道昌(どうしょう)が本尊・虚空蔵菩薩像を安置し、868年(貞観10年)に法輪寺に名称が改められ、天慶年間(938年~947年)に市聖(いちひじり)と言われた空也上人(くうやしょうにん)が伽藍を修造したと言われています。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、1597年(慶長2年)に第107代・後陽成天皇の勅旨と加賀・前田家の帰依によって再建されました。しかし1864年(元治元年)の禁門の変(元治の大火)によって焼失し、1884年(明治17年)に現在の本堂が再建しました。
法輪寺は真言宗五智教団の寺院です。
*参考・・・法輪寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ法輪寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【法輪寺十三まいり 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
十三まいりでは春だけでなく、秋にも行われます。
虚空蔵法輪寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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