勧修寺半夏生見ごろ2021(6月中旬~7月上旬頃)

勧修寺半夏生見ごろ(例年)・見どころ

勧修寺半夏生見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。勧修寺では京都市の名勝に指定されている面積約9,900平方メートルの勧修寺氷池園の中心である氷室池の畔やその中の島に半夏生が植えられ、例年6月上旬頃になると葉が生い茂り、花の近くの数枚の葉が白い可憐な花が咲いたようになります。(詳細下記参照)

【勧修寺 半夏生見ごろ(例年)】
勧修寺の半夏生の見ごろ例年6月中旬頃から7月上旬頃です。ただ半夏生の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【勧修寺半夏生見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市山科区勧修寺仁王堂町27-6
最寄り駅・バス停・・・小野駅(徒歩約5分)

京阪アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*四条大宮・四条烏丸・四条河原町・三条京阪からは83系統、83A系統、84系統、86系統、86B系統、87A系統、87B系統、88B
路線・時刻表・運賃チェック

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は小野駅(徒歩約6分)

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【勧修寺 半夏生見ごろ(例年)・見どころ解説】
勧修寺は半夏生(ハンゲショウ)の名所です。勧修寺の半夏生の見ごろは例年6月中旬頃から7月上旬頃です。
勧修寺では京都市の名勝に指定されている面積約9,900平方メートルの勧修寺氷池園(ひょうちえん)の中心である氷室池の畔やその中の島に半夏生が植えられ、例年6月上旬頃になると葉が生い茂り、花の近くの数枚の葉が白い可憐な花が咲いたようになります。勧修寺では睡蓮(スイレン)・蓮(ハス)・紫陽花(アジサイ)・花菖蒲(ハナショウブ)・梔子(クチナシ)なども植えられ、半夏生と一緒に楽しめる場合もあります。
勧修寺氷池園は900年(昌泰3年)に勧修寺が創建される以前の貴族・宮道弥益の邸に既に作庭されていたとも言われています。氷池園の氷室池では平安時代の1月2日に池に張った氷が宮中に献上され、氷の厚さで稲作の豊凶が占われたとも言われています。なお勧修寺では1787年(天明7年)秋に刊行された「拾遺都名所図会」によると氷室池を中心に「氷室池十五勝」が定められ、池の中島・池の畔の亭や橋・滝石組などが描かれています。
観音堂は1931年(昭和6年)に再建されました。観音堂は観世音菩薩像を本尊として安置しています。観音堂は大悲閣(だいひかく)とも言われています。
ハンゲショウ(半夏生・半化粧)はドクダミ科の多年草です。ハンゲショウは日本や朝鮮半島・中国など東アジアの亜熱帯性湿地に分布しています。日本では本州以南から沖縄までの日の当たる低湿地に自生し、観賞用や薬用として栽培されています。ハンゲショウの名称は雑節のひとつである「半夏生(毎年7月2日頃)」の頃に花を咲かせるからとも、葉の一部を残して白く変化する様子から「半化粧」になったとも言われています。ハンゲショウは高さ50センチ~1メートルで、長さ5~15センチの葉を互生し、葉は卵形で、基部がハート形の細長い形状になっています。葉は茎の上部で、穂状花序の下の2~3枚が下半分が白くなります。ハンゲショウは葉と対生して穂状花序をつくり、基部から先端に向かって徐々に白色の小さい花を咲かせます。開花期にはドクダミに似た独特の臭気があります。なおハンゲショウは三白草(ミツジログサ)・片白草(カタシログサ)・片白(カタジロ)・三白草(ミツジロ)・白粉掛(オシロイカケ)などとも言われています。

【勧修寺 歴史・簡単概要】
勧修寺(かじゅうじ)は平安時代前期の900年(昌泰3年)に第60代・醍醐天皇(だいごてんのう)が生母・藤原胤子(ふじわらのいんし・ふじわらのたねこ)の追善の為、藤原胤子の同母兄弟である右大臣(うだいじん)・藤原定方(ふじわらのさだかた)に命じ、藤原胤子の祖父・宮道弥益(みやじいやます)の邸跡を法相宗(ほっそうしゅう)の僧・承俊律師(しょうしゅんりっし)を開山として寺院に改めたのが起源と言われています。勧修寺の名称は藤原胤子の父・藤原高藤(ふじわらのたかふじ)の諡号(しごう)に由来しています。その後905年(延喜5年)に定額寺(じょうがくじ)に列せられ、平安時代後期に真言密教(しんごんみっきょう)の事相に通じた勧修寺7世・寛信(かんしん)が真言宗小野流の一派・勧修寺流の祖になりました。南北朝時代に第93代・後伏見天皇(ごふしみてんのう)の第7皇子・寛胤法親王(かんいんほうしんのう)が勧修寺15世になって宮門跡寺院になり、その後最盛期を迎えたと言われています。しかし室町時代中期の応仁の乱(おうにんのらん)の兵火などで焼失して衰退し、桃山時代に関白・豊臣秀吉(とととみひでよし)が伏見街道を整備した際に境内地が削減されました。江戸時代前期の1682年(天和2年)に第112代・霊元天皇(れいげんてんのう)の皇子・済深法親王(さいしんほっしんのう)が入寺し、皇室・徳川家の援助によって復興されました。なお勧修寺は本尊・千手観音(せんじゅかんのん)を祀っています。
勧修寺は真言宗山階派の大本山です。
*参考・・・勧修寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【勧修寺半夏生見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
勧修寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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