三十三間堂・千手観音の完全ガイド|本尊・千体仏などを解説

三十三間堂(Sanjusangen-do Temple)

三十三間堂・千手観音の完全ガイド

三十三間堂の千手観音を徹底解説します。千手観音には本尊・千手観音坐像(国宝)と1,001体の千手観音立像(国宝)があります。千手観音の別称は「蓮華王(蓮華王菩薩)」で、三十三間堂の正式名称は蓮華王院本堂です。千手観音坐像は鎌倉時代に大仏師・湛慶が造仏しました。1,001体の千手観音立像は平安時代から室町時代に造仏されました。(詳細下記参照)

三十三間堂見どころ(蓮華王院本堂・千手観音など)

【千手観音の概要・概略】

千手観音(せんじゅかんのん)坐像(国宝)と1,001体の千手観音立像(国宝)は三十三間堂とも言われる南北約120メートル・奥行き約22メートル・高さ約16メートルの蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)に安置されています。「蓮華王(蓮華王菩薩)」は千手観音の別称です。本尊・千手観音立像は堂内の中央、1,000体(千体仏)の千手観音立像は本尊の左右にある10段の階段状の仏壇にそれぞれに50体ずつが安置され、1,001体目の千手観音立像が本尊の背後に安置されています。ただ1,000体の千手観音立像の内、3体が東京国立博物館、各1体が京都・奈良の国立博物館に寄託されています。なお蓮華王院本堂は千手観音以外にも風神雷神(ふうじんらいじん)像・二十八部衆(にじゅうはちぶしゅう)像を安置し、合計1,032体の仏像を安置しています。
●千手観音は千手千眼観自在菩薩(せんじゅせんげんかんじざいぼさつ)などの略称です。千手観音は観音菩薩の変化身で、六観音に数えられています。観音菩薩は救う相手の姿に応じて千変万化の相となると言われ、仏典「観音経」では様々に姿を変える変化身三十三身(三十三応化身)が説かれています。千手観音は観音菩薩が世の一切衆生を救う為、千の手と千の目を得たいと誓って得た姿で、千の手と千の目は慈悲と救済が無量無辺であることを表わしています。また千手の手はいかなる衆生をあまねく救済するという慈悲と力の大きさを表していると言われています。千手観音の像容は42の手を持ち、胸前で合掌する2本の手を除き、40本の手がそれぞれ天上界から地獄までの25の世界を救うとされています。(40×25=1,000)千本の手はそれぞれの掌(てのひら)に一眼を持つとされています。
●変化身三十三身(三十三応化身)には仏身・辟支仏身・声聞身・梵王身・帝釈身・自在天身・大自在天身・天大将軍身・毘沙門身・小王身・長者身・居士身・宰官身・婆羅門身・比丘身・比丘尼身・優婆塞身・優婆夷身・長者婦女身・居士婦女身・宰官婦女身・婆羅門婦女身・童男身・童女身・天身・龍身・夜叉身・乾闥婆身・阿修羅身・迦楼羅身・緊那羅身・摩ご羅伽身・執金剛身があります。

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【歴史・時代の解説】

千手観音坐像(十一面四十二臂像)は1251年(建長3年)から大仏師・湛慶(たんけい)が法勝寺の本堂前で造仏を開始し、湛慶が82歳の1254年(建長6年)7月24日に完成しました。ちなみに湛慶は84歳で亡くなりました。1,001体の千手観音立像は124体が平安時代(794年~1185年)、876体が鎌倉時代(1185年~1333年)、1体が室町時代(1336年~1573年)に造仏されました。平安時代の124体は三十三間堂創建時に造仏され、1249年(建長元年)の火災で焼失を免れ、長寛仏と言われています。長寛仏には銘記がなく、造仏した仏師は不明です。鎌倉時代の876体は三十三間堂再建時に16年掛けて造仏され、復興像と言われています。復興像の504体には銘記があり、奈良仏師の慶派(康円(こうえん)・行快(ぎょうかい))、京都仏師の円派(隆円(りゅうえん)・昌円・栄円・勢円)や院派(院継・院遍・院承・院恵・院豪・院賀)の名工約150人が動員されて造仏されました。9体は湛慶が造仏し、最前列に安置されています。運慶の銘もあるが、後世の偽銘と言われています。
●三十三間堂(蓮華王院本堂)は1165年(長寛2年)に後白河上皇(第77代・後白河天皇(ごしらかわてんのう))が平清盛(たいらのきよもり)に資材協力を命じ、離宮(院御所)・法住寺殿(ほうじゅうじどの)の一画に建てました。その後1249年(建長元年)に市中からの火災で焼失し、1266年(文永3年)に後嵯峨上皇(第88代・後嵯峨天皇(ごさがてんのう))が再建しました。

h3 id=”3″>【本尊・千手観音坐像の解説】

本尊・千手観音坐像は三十三間堂の中央に安置され、中尊(ちゅうそん)と言われています。本尊・千手観音坐像は像高約3.3メートル(丈六)で、台座など含めると高さが7メートルを超えます。本尊・千手観音坐像は42手で、胸前で2手が合掌し、腹前で2手が宝鉢(ほうはつ)を持ち、残りの38手は法輪(ほうりん)・錫杖(しゃくじょう)・水瓶(すいびょう)・戟鉾(げきほこ)・髑髏(どくろ)などを持っています。本尊・千手観音坐像は全体の均整が保たれ、尊顔は温雅な表情で、観音菩薩の慈徳が表現されています。湛慶の特徴的作風が表れていると言われています。千手観音坐像はヒノキ(檜)の寄木造(よせぎづくり)で、漆箔が施されています。なお本尊・千手観音坐像は台座心棒に法眼康円(ほうがんこうえん)・法眼康清(ほうがんこうせい)の名前が墨書で書かれ、湛慶が弟子と一緒に完成させたと言われています。
●湛慶は1173年(承安3年)に七条仏所の総帥である慶派仏師・運慶(うんけい)の長男として生まれました。祖父・康慶(こうけい)や父が参加した奈良・東大寺再興に加わり、1212年(建暦3年)に最高の僧綱位(そうごうい)である法印(ほういん)に叙せられ、1224年(貞応2年)に父が亡くなると七条仏所を率いました。父のような豪快さに欠けるが、優雅な作風や宋朝様式(中国)を取り入れ、洗練された温和な表現を得意としました。湛慶の作品には高知市・雪蹊寺(せっけいじ)の毘沙門天及び両脇侍立像(重要文化財)、京都市・高山寺(こうざんじ)の善妙神立像・白光神立像(重要文化財)などがあります。
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【1,001体の千手観音立像の解説】

1,001体の千手観音立像は像高約1.6メートル前後です。千手観音立像は頭部に11の顔があり、手は42手で、胸前で2手が合掌しています。1,000体(千体仏)の千手観音立像は「仏像の森」とも称されているが、一体一体の尊顔の面差しが異なっており、必ず会いたい人に似た像があると言われています。千手観音立像は寄木造または割矧ぎ造(わりはぎづくり)です。なお1,001体の千手観音立像は1973年(昭和48年)から美術院国宝修理所で修復が開始され、2017年(平成29年)に45年にわたる修復が完了しました。(総事業費約9億2,300万円)2018年(平成30年)に国の文化審議会が国宝指定を答申したことを記念し、東京国立博物館などに寄託されていた5体が里帰りし、26年振りに1,001体が揃いしました。
●1001体の千手観音立像には一体一体に番号が付けられ、一体一体に「第一尊(だいいちそん)」・「尊宿尊」・「行像尊(ぎょうぞうそん)」・「無事尊(ぶじそん)」・「法眼尊(ほうがんそん)」・「智行尊(ちぎょうそん)」などの名前も付けられています。「第一尊」は頬がふっくらとしています。三十三間堂にはタッチパネル式の検索システムがあり、配置図から気になる1体を選ぶと仏像の写真(全身・上半身)や名前の由来などを確認できます。1973年(昭和48年)からの修復の際に撮影した記録用の写真が活用されています。

【兵庫加東市・朝光寺の解説】

兵庫加東市・朝光寺(ちょうこうじ)の2体の本尊・千手観音立像の内、1体が三十三間堂の千手観音立像(重要文化財)と同形式で、三十三間堂から移されたとも言われています。朝光寺の千手観音立像は鎌倉時代(1185年~1333年)中期に造仏され、鎌倉時代に三十三間堂が再建された際に造仏された874体の一部と同じ墨書が残されています。
●朝光寺は寺伝によると651年(白雉2年)に天竺(インド)から紫の雲に乗って日本に飛来したと言われている渡来僧・法道仙人(ほうどうせんにん)が権現山に創建したと言われています。その後1413年(応永20年)に本堂が再建され、三十三間堂から移された千手観音立像が安置されたと言われています。

【千手観音像の解説】

千手観音は7世紀頃にインド・ヒンドゥー教の多面多臂像の影響を受けて成立したと言われています。ただインドではほとんど作例が見られず、中国・日本で作例が残されています。中国では世界遺産に登録されている唐の時代の龍門石窟などに作例が残されています。日本では奈良時代から造仏され、東大寺では天平年間に千手堂が建立され、講堂に千手観音像も安置されました。現在、奈良時代中期頃(8世紀半ば)に造仏された葛井寺(ふじいでら)の千手観音像が日本最古の千手観音像と言われています。
●千手観音は天上界から地獄までの25の世界を救うとされ、その世界は二十五有(にじゅうごう)と同じと言われています。二十五有は14種の欲界・7種の色界・4種の無色界に分かれ、14種の欲界には地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・弗婆提・瞿陀尼・鬱単越・閻浮提・四王天・三十三天・閻魔天・兜率天・化楽天・他化自在天、7種の色界には初禅天・大梵天・二禅天・三禅天・四禅天・無想天・五浄居天、無色界には空無辺処天・識無辺処天・無所有処天・非想非非想処天があります。

【三十三間堂・千手観音の完全ガイド 備考】
*参考・・・三十三間堂(見どころ・歴史・千手観音・・・)ホームページ

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