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カテゴリー:三十三間堂
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三十三間堂・蓮華王院本堂の完全ガイド|規模・通し矢などを解説
三十三間堂の蓮華王院本堂を徹底解説します。蓮華王院本堂は一般的に三十三間堂と言われています。蓮華王院本堂は1165年(長寛2年)に後白河上皇が建て、その後焼失し、1266年(文永3年)に後嵯峨上皇が再建しました。 -

三十三間堂行事(イベント)
三十三間堂で行われる行事を紹介しています。なお三十三間堂は1165年(長寛2年)後白河上皇が平清盛に資材協力を命じ、離宮・法住寺殿に創建しました。その後焼失し、1266年(文永3年)後嵯峨上皇が本堂(三十三間堂)のみを再建しました。 -

三十三間堂の七不思議解説-修学旅行・観光の豆知識・雑学
三十三間堂などの七不思議を簡単にまとめてポイント解説します。七不思議には棟木の柳・夜泣せん・法然塔・通し矢・太閤塀・南大門・親鸞蕎麦喰木像・四十七士木像・血天井・楊梅・三方正面八方にらみの獅子などがあります。 -

三十三間堂・通し矢の完全ガイド|距離・的の大きさなどを解説
三十三間堂の通し矢を徹底解説します。通し矢(全国弓道大的大会)は例年1月15日に近い日曜日に行われています。通し矢では着物袴姿の20歳男女の弓道有段者などが約60メートル先の大的を射って腕を競います。 -

三十三間堂・千手観音の完全ガイド|本尊・千体仏などを解説
三十三間堂の千手観音を徹底解説します。千手観音には本尊・千手観音坐像(国宝)と1,001体の千手観音立像(国宝)があります。千手観音の別称は「蓮華王(蓮華王菩薩)」で、三十三間堂の正式名称は蓮華王院本堂です。 -

三十三間堂の歴史-修学旅行・観光の簡単解説(後白河上皇
三十三間堂の歴史を簡単にまとめています。三十三間堂は1165年(長寛2年)に後白河上皇が平清盛に資材協力を命じ、自身の職住兼備の院御所(離宮)・法住寺殿の一画に鎮守寺・蓮華王院仏堂を建立したのが起源です。 -

三十三間堂の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ
三十三間堂の見どころを簡単にまとめて解説。修学旅行・観光の見どころには三十三間堂と言われる蓮華王院本堂(国宝)、本尊・千手観音坐像(国宝)と千体仏と言われる1,000体の千手観音立像(国宝)などがあります。 -

妙法院(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)三十三間堂
妙法院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。妙法院は古くは天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡(三千院・青蓮院)のひとつで、現在は天台宗の京都五箇室門跡(青蓮院・三千院・曼殊院・毘沙門堂)のひとつです。なお妙法院は三条実美ら尊皇攘夷派が京都から追放された「七卿落ち」の舞台です。 -

三十三間堂(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
三十三間堂(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。三十三間堂では例年1月に本堂西側の射程60メートルの特設射場で弓で的を射る通し矢(三十三間堂大的全国大会)が有名です。新成人が振袖袴姿で弓を射る姿が成人式の話題としてニュースによく流れています。 -

三十三間堂成道会(例年12月8日)
三十三間堂成道会(日程・時間等)を紹介。成道会は例年12月8日に行われています。成道会はお釈迦様が悟りを開いたことを祝います。なおお釈迦様は35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開いたと言われています。 -

三十三間堂お火焚き祭2026年11月(久勢稲荷大明神)
三十三間堂お火焚き祭(日程・時間等)を紹介。お火焚き祭は三十三間堂の鎮守社・久勢稲荷大明神(くせいなりだいみょうじん)の行事です。お火焚き祭では忌火により、山伏が信者などの願いが込められた護摩木や古いお札などを護摩壇で焚き上げ、祈願成就を願います。 -

三十三間堂秋の彼岸会(例年秋の彼岸の中日)
三十三間堂秋の彼岸会(日程・時間等)を紹介。秋の彼岸会は毎年秋の彼岸の中日(秋分の日)に行われています。秋の彼岸会では秋の彼岸の中日に特設壇を設け、先祖供養・読経供養を行ないます。なお彼岸は雑節のひとつです。彼岸は秋分の日とその前後3日間、合計7日間を言います。



















