詩仙堂紅葉見ごろ

詩仙堂紅葉

詩仙堂紅葉(見ごろ時期・ライトアップ・アクセス・・・)情報を紹介しています。詩仙堂は山内にイロハモミジ・ヤマモミジなどが植えられ、紅葉と白砂にサツキの刈り込みがある唐様庭園などの光景が素晴らしいと言われています。詩仙の間から眺める庭園の光景は絵画のような美しさとも言われているそうです。なお紅葉と嘯月楼・残月軒との光景も見どころです。(詳細下記参照)

【詩仙堂紅葉見ごろ時期 2019年(要確認)】
詩仙堂紅葉は例年11月中旬頃から下旬頃に見ごろを迎えます。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2019年の紅葉見ごろ情報は9月上旬頃から情報発信します。
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【詩仙堂紅葉・詩仙堂 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区一乗寺門口町27
最寄り駅・バス停・・・一乗寺下り松町(徒歩約5分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から詩仙堂は5系統(A1乗り場)
*四条河原町からは5系統
*四条烏丸からは5系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*叡山電鉄の場合、最寄り駅は一乗寺駅(徒歩約10分)

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【詩仙堂紅葉見ごろ時期・見どころ】
詩仙堂は紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬頃から下旬頃に見ごろを迎えます。詩仙堂は山内にイロハモミジ・ヤマモミジなどが植えられ、紅葉と白砂にサツキの刈り込みがある唐様庭園などの光景が素晴らしいと言われています。詩仙の間から眺める庭園の光景は絵画のような美しさとも言われているそうです。なお紅葉と嘯月楼(しょうげつろう)・残月軒との光景も見どころです。
唐様庭園は1641年(寛永18年)頃に石川丈山(いしかわじょうざん)が作庭し、その後修理されたとも言われています。ちなみに石川丈山は桂離宮・東本願寺の渉成園(枳穀邸)の補修にも加わったとも言われています。唐様庭園は広さ約330坪で、樹齢400年以上とも言われる山茶花の大木などが植えられ、紅葉の名所だけでなく、サツキの名所にもなっています。なお唐様庭園には丈山好みの織部灯籠・丈山考案とも言われる鹿(しし)おどし(僧都・添水)も置かれています。
詩仙の間は四畳半で、詩仙堂創建時のままと言われています。詩仙の間・嘯月楼以外は後世に建てられたと言われています。詩仙の間の36詩人とその詩は1641年(寛永18年)、丈山59歳の時に選定したと言われています。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。紅葉狩りでは紅葉した枝を折って、手のひらにのせて愛でることもあったそうです。その後室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期には庶民の行楽として人気になったと言われています。ちなみに奈良時代末期に成立したと言われている日本最古の和歌集「万葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。

【詩仙堂 歴史・簡単概要】
詩仙堂(しせんどう)・丈山寺は1641年(寛永18年)に徳川家の家臣・石川丈山(いしかわじょうざん)が隠居の為に造営した山荘が起源です。石川丈山は大坂夏の陣で抜駆けをし、軍律違反で浪人となり、妙心寺(みょうしんじ)に隠棲したそうです。詩仙堂の名称は中国の詩家36人の肖像を絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描き、丈山自らが詩を書いた肖像を四方の壁に掲げた「詩仙の間」に由来しています。中国の詩家36人は日本の三十六歌仙にならい儒学者・林羅山(はやしらざん)の意見をもとに選ばれました。ちなみに詩仙とは正しくは「凹凸か(かは穴編に果)(おうとつか)」であり、でこぼこした土地に建てた住居という意味です。丈山没後に一時荒廃したが、1821年(文政4年)の丈山150年御遠忌の際に建物の修復されたり、庭園も改修されたりしました。
詩仙堂は曹洞宗の寺院です。
*参考・・・詩仙堂(アクセス・歴史・・・)ホームページ詩仙堂(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【詩仙堂紅葉見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
詩仙堂(アクセス・見どころ・・・)情報

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