正法寺桜見ごろ(4月上旬頃)

正法寺桜見ごろ

正法寺桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。正法寺には参道や境内に染井吉野が植えられ、桜と参道・本堂・唐門・本堂庭園などの光景が美しいと言われています。桜の見ごろにはライトアップ・夜間特別公開も行われます。(要確認)なお正法寺は所定の公開日に拝観することができます。(要確認)(詳細下記参照)

【正法寺桜見ごろ時期 2020年(要確認)】
正法寺の桜見ごろは例年4月上旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【正法寺桜・正法寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府八幡市八幡清水井73
最寄り駅・バス停・・・走上り(徒歩約3分)

バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京阪本線石清水八幡宮駅から京阪バス

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【正法寺桜見ごろ時期】
正法寺はあまり知られていない桜の名所です。正法寺の桜見ごろは例年4月上旬頃です。正法寺には参道や境内に染井吉野(ソメイヨシノ)が植えられ、桜と参道・本堂・唐門・本堂庭園などの光景が美しいと言われています。桜の見ごろには本堂庭園でライトアップ・夜間特別公開も行われます。(要確認)なお正法寺は通常非公開で、所定の公開日に拝観することができます。(要確認)
本堂は1962年(寛永6年)頃または1710年(寛永7年)に建立されたと言われています。本堂は桁行五間・梁間七間で、外陣・内陣・脇陣・後陣から構成され、浄土宗本堂特有とも言われる内陣と後陣の境に結界が設けられています。本堂は入母屋造の本瓦葺で、屋根を支える二重の垂木の先端に珍しい金箔の逆輪(さかわ)が装飾されています。
唐門は1710年(寛永7年)に建立されたと言われています。唐門は銅板葺の四脚門で、第105代・後奈良天皇が賜った額字(書)をもとにした扁額(へんがく)が掲げられています。
鐘楼は1621年(元和7年)に建立されました。鐘楼では大晦日の除夜会で、除夜の鐘を突くことができます。
庭園には本堂・大方丈に面した枯山水庭園と書院の裏にある池泉鑑賞式庭園があります。枯山水庭園には白砂と石組などがあり、サツキ・桜などが植栽されています。池泉鑑賞式庭園は池を中心に山に沿ってモミジなどが植えられています。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【正法寺 歴史・簡単概要】
正法寺(しょうぼうじ)は鎌倉時代初期の1191年(建久2年)に鎌倉幕府の御家人で、石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)の社家・志水氏の祖・高田蔵人忠国(たかだくろうどただくに)が天台宗の寺院として創建しました。高田蔵人忠国の次男・高田願阿円誓(たかだがんあえんせい)が正法寺第1世(初代住職)になり、清水の地名に因んで姓を「高田」から「志水」に改め、志水氏の菩提所になりました。室町時代後期(戦国時代)に正法寺第11世・伝誉上人(でんよしょうにん)が第105代・後奈良天皇の帰依を受け、1546年(天文15年)に勅願寺(ちょくがんじ)になりました。また室町時代に天台宗から浄土宗に改宗されたと言われています。安土桃山時代に志水家の娘・お亀の方が伏見城に住んでいた江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)の側室になり、1601年(慶長5年)に徳川家康の9男で、尾張徳川家の始祖である尾張藩初代藩主・徳川義直(とくがわよしなお)を生むと江戸幕府から朱印状を得ました。1616年(元和2年)に徳川家康が亡くなるとお亀の方は髪をおろして相応院(そうおういん)になり、その後徳川義直・相応院が名古屋に移ると尾張藩の厚い庇護を受け、1629年(寛永6年)頃から相応院の寄進によっていずれも重要文化財である現在の本堂・大方丈・唐門が建立されました。ちなみに正法寺には小方丈・書院・鐘楼・庫裏もあり、七堂伽藍(しちどうがらん)になっています。正法寺は本尊として阿弥陀三尊像を安置しています。
正法寺は浄土宗の寺院です。
*参考・・・正法寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ正法寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【正法寺桜見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
正法寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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