正伝寺桜見ごろ2021(4月中旬頃)北区

正伝寺桜見ごろ

正伝寺桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。正伝寺には借景式の枯山水式庭園・獅子の児渡し庭園近くに枝垂桜が植えられ、枝垂桜と獅子の児渡し庭園・白壁などの光景が美しいと言われています。獅子の児渡し庭園はミュージシャン・俳優であるデヴィッド・ボウイが愛したとも言われているそうです。(詳細下記参照)

【正伝寺桜見ごろ・2021年予想】
正伝寺の桜見ごろは例年4月中旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【正伝寺桜見ごろ アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市北区西賀茂北鎮守菴町72
最寄り駅・バス停・・・神光院前(徒歩約15分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは9系統(B1乗り場)
*四条河原町からは37系統
*河原町丸太町からは37系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【正伝寺桜見ごろ・桜見どころ】
正伝寺はあまり知られていない桜の名所です。正伝寺の桜見ごろは例年4月中旬頃です。正伝寺には借景式の枯山水式庭園・獅子の児渡し庭園(ししのこわたしていえん)近くに枝垂桜(シダレザクラ)が植えられ、枝垂桜と獅子の児渡し庭園・白壁などの光景が美しいと言われています。獅子の児渡し庭園はミュージシャン・俳優であるデヴィッド・ボウイが愛したとも言われているそうです。
獅子の児渡し庭園は方丈の前庭です。獅子の児渡し庭園は比叡の霊峰を借景とし、白砂とサツキなどの刈込が配されています。刈込は右側から左側に七・五・三と配列されています。獅子の児渡し庭園は江戸時代前期に大名・茶人・建築家・作庭家である小堀遠州(こぼりえんしゅう)が作庭したとも言われています。なお方丈は1653年(承応2年)に南禅寺(なんぜんいん)の塔頭(たっちゅう)・金地院(こんちいいん)の小方丈を移建して建立されました。
枝垂桜(シダレザクラ)はバラ科サクラ属の一種で、彼岸頃(3月下旬頃)に花を咲かせる江戸彼岸(エドヒガン)の枝垂れ品種です。枝垂桜には八重紅枝垂(ヤエベニシダレ)・紅枝垂(ベニシダレ)・清澄枝垂(キヨスミシダレ)などがあります。枝垂桜は開花時期が3月下旬頃から4月上旬頃で、染井吉野(ソメイヨシノ)よりも早くなります。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【正伝寺 歴史・簡単概要】
正伝寺(しょうでんじ)は鎌倉時代の1268年(文永5年)に南宋(中国)からの渡来僧(臨済宗の僧)・兀庵普寧(ごったんふねい)の弟子・東巌慧安(とうがんえあん)が創建したとも言われています。兀庵普寧は1260年(文応元年)に来日し、1263年(弘長3年)に鎌倉幕府執権・北条時頼(ほうじょうときより)が亡くなって支持者を失い、1265年(文永2年)に南宋(中国)に帰国しました。また正伝寺は1273年(文永十年)に東巌慧安に師事した聖護院(しょうごいん)の静成法印が第90代・亀山天皇の勅許により、京都烏丸今出川付近に祭殿一宇を建立したのが起源とも言われています。その後比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の衆徒によって破却され、1282年(弘安5年)に賀茂社(上賀茂神社・下鴨神社)の社家・森経久(もりつねひさ)から西賀茂の荘園を寄進され、現在の場所に再建されました。1323年(元亨3年)に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇の勅願寺になり、堂塔伽藍が整備されました。応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失して荒廃しました。1585年(天正13年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)から寺領・山林の朱印状を賜り、江戸時代前期に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)から寺領・境内地の朱印状を賜って再興されました。
正伝寺は臨済宗南禅寺派の寺院です。
*参考・・・正伝寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ正伝寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【正伝寺桜見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
正伝寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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