神護寺寺宝虫払行事2019/5/1~5

神護寺寺宝虫払行事(日程・時間・・・)を紹介しています。寺宝虫払行事は毎年春に行われています。寺宝虫払行事では書院でいずれも国宝である絹本著色伝源頼朝像・絹本著色伝平重盛像・絹本著色釈迦如来像・灌頂歴名(附・後宇多天皇宸翰施入状)などが展示されます。また書院の石庭・灌頂の庭(かんじょうのにわ)も一般公開されます。(詳細下記参照)

【神護寺寺宝虫払行事2019 日程時間(要確認)】
神護寺寺宝虫払行事2019は2019年5月1日(水曜日)~5日(日曜日)9:00~16:00まで行われます。

【神護寺寺宝虫払行事 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市右京区梅ヶ畑高雄町5
最寄り駅・バス停・・・山城高雄(徒歩約20分)

JRバスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅・四条大宮からは高雄京北線 栂ノ尾・周山行き
西日本JRバス・アクセスダイヤ

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【神護寺寺宝虫払行事 歴史・簡単概要】
神護寺寺宝虫払行事(じほうむしばらいぎょうじ)は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1644年)に始まったとも言われ、1954年(昭和29年)に復活しました。寺宝虫払行事は毎年春(5月1日~5日)に行われています。ちなみに一般的に虫払は寺宝に風を通して虫干し、同時に寺宝を一般公開するものです。
寺宝虫払行事では書院でいずれも国宝である絹本著色伝源頼朝像・絹本著色伝平重盛像・絹本著色釈迦如来像・灌頂歴名(附・後宇多天皇宸翰施入状)などが展示されます。また書院の石庭・灌頂の庭(かんじょうのにわ)も一般公開されます。なお寺宝虫払行事では茶室・了々軒(りょうりょうけん)で呈茶(有料)を味わうこともできます。
絹本著色伝源頼朝像・絹本著色伝平重盛像は絹本著色伝藤原光能像とともに神護寺三像(じんごじさんぞう)とされています。ただ人物は源頼朝(みなもとのよりとも)・平重盛(たいらのしげもり)・藤原光能(ふじわらのみつよし)との確証がないそうです。神護寺三像は12世紀頃に似絵の名手・藤原隆信(ふじわらのたかのぶ)が描いたとも言われています。(諸説あり)
石庭・灌頂の庭の名称は高雄灌頂に由来しています。神護寺では812年(弘仁3年)に真言宗の開祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が天台宗の開祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)に11月15日に金剛界灌頂(こんごうかいかんじょう)、12月14日に胎蔵灌頂(たいぞうかんじょう)を授けたと言われています。
茶室・了々軒は1934年(1909年)に実業家で、帝国議会議員を歴任した山口玄洞(やまぐちげんどう) の寄進によって建てられました。

【神護寺 歴史・簡単概要】
神護寺(じんごじ)は平安時代前期の824年(天長元年)に和気清麻呂(わけのきよまろ)の五男・和気真綱(わけのまつな)と六男・和気仲世(わけのなかよ)の要請により、いずれも和気氏の私寺であった神願寺と高雄山寺が合寺し、名称を神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)と改めたのが起源です。ちなみに神願寺は奈良時代の781年(天応元年)に和気清麻呂が河内に創建したとも言われているが、その場所は明確ではありません。高雄山寺も同じ頃に創建され、白雲寺・月輪寺・日輪寺・伝法寺とともに愛宕五寺(愛宕五坊)とも言われました。高雄山寺は天台宗の開祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)や真言宗の開祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)を相次いで招き、その後一切を弘法大師・空海に付嘱し、真言宗の寺院になりました。その後いずれも弘法大師・空海の十大弟子である実慧(じちえ・実恵)・真済(しんぜい)が別当(住職)になったが、994年(正暦5年)と1149年(久安5年)に火災に見舞われ、鳥羽法皇(第74代・鳥羽天皇)の怒りに触れて全山壊滅状態になったとも言われています。その後平安時代末期に文覚(もんがく・遠藤盛遠(えんどうもりとお))が再興しました。
神護寺は高野山真言宗の寺院です。
*参考・・・神護寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ神護寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【神護寺寺宝虫払行事 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
神護寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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