きつね|お使い・狛狐・子狐丸などを解説|伏見稲荷大社見所

きつね

きつね完全ガイド|お使い・狛狐・子狐丸などを解説

きつねは稲荷大神のお使い(眷族)として有名です。伏見稲荷大社には狛狐が狛犬の代わりに境内にたくさん置かれています。狛狐は口に稲穂・巻物・玉・鍵を咥え、稲穂は稲荷大神が農業の神であることに由来すると言われています。伏見稲荷大社には五穀豊穰・商売繁盛などのご利益があると言われています。(詳細下記参照)

伏見稲荷大社見どころ(本殿・千本鳥居など)

【概要・概略|きつね(狐)】

きつね(白狐(びゃっこ))は稲荷大神(いなりおおかみ・稲荷神)のお使い(眷族(けんぞく)・神使(しんし))とされています。稲荷大神は下社の宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・中社の佐田彦大神(さだひこのおおかみ)・上社の大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)・下社摂社の田中大神(たなかのおおかみ)・中社摂社の四大神(しのおおかみ)の総称で、稲荷大明神・お稲荷様・お稲荷さんなどとも言われました。ただきつねと言っても野山に生息するきつねではなく、稲荷大神と同様に目に見えない透明の白狐です。白狐は「びゃっこさん」と言われ、古くから崇められています。伏見稲荷大社では白狐絵馬(願掛け絵狐・きつね絵馬)を奉納することができます。
●稲荷山は東山三十六峰の最南端に位置する標高約233メートルの霊峰です。稲荷山では711年(和銅4年)2月初午の日に稲荷大神が鎮座したと言われています。伏見稲荷大社は711年(和銅4年)に伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が第43代・元明天皇(げんめいてんのう)の勅命により、稲荷山の三つの峯の平らな場所に稲荷大神を祀ったと言われています。
●稲荷大神が降臨したと言われている稲荷山にはかつて野生のきつねが多く生息していたと言われています。キツネは哺乳綱ネコ目(食肉目)イヌ科イヌ亜科の動物です。キツネは本州・九州・四国などにホンドギツネ、北海道などにキタキツネが生息しています。
●白狐絵馬(願掛け絵狐・きつね絵馬)は黒い目と赤い耳が事前に描かれており、奉納者が自由に表情を描けます。

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【お使い(眷族・神使)|きつね(狐)】

きつねが稲荷大神のお使い(眷族・神使)とされる理由は主祭神・宇迦之御魂大神の別名が御饌神(みけつかみ・御饌津神(御食津神))と言われ、古来「けつ」と言われていたきつね(狐)の文字が当てられ、「御狐神(おけつねかみ)・三狐神(みけつねかみ)」と表されたことに由来すると言われています。ちなみに稲荷大神は五穀を司る御饌神(女神)である宇迦之御魂大神と同一視され、伏見稲荷大社を含む多くの稲荷神社では宇迦之御魂大神(豊受宇迦之御魂大神)を主祭神として祀っています。稲荷大神は農業の神とされ、穀物をエサとするネズミを退治するきつねと相性がよかったとも言われています。また稲荷大神(稲荷神)が密教の荼枳尼天(だきにてん・茶吉尼天)と本迹(ほんじゃく)関係があり、荼枳尼天の跨るきつねがそのまま稲荷大神のお使いになったとも言われています。
●伏見稲荷大社はかつて東寺(とうじ)の鎮守社でした。伏見稲荷大社の神宮寺だった本願別当・愛染寺(あいぜんじ)は東寺の末寺でもあり、きつねをお使いとする荼枳尼天(茶吉尼天)を祀っていたことがお使いの理由とも言われているそうです。なお愛染寺は明治維新後の神仏分離令・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により、1868年(明治元年)に廃寺になりました。
●宇迦之御魂大神は日本最古の歴史書「古事記」ではスサノオの子神・宇迦之御魂神とされ、日本最古の正史「日本書紀」ではイザナギ・イザナミの子神・倉稲魂尊(うがのみたまのみこと)とされています。

【狛狐(こまぎつね)|きつね(狐)】

きつねが稲荷大神のお使い(眷族・神使)とされていた為、伏見稲荷大社では狛狐(キツネ像)が狛犬の代わりに境内にたくさん置かれています。狛狐は口に稲穂(いなほ)・巻物(まきもの)・玉(たま・宝珠(ほうじゅ))・鍵(かぎ)を咥えています。稲穂は稲荷大神が農業の神であることに由来すると言われています。巻物は知恵を象徴していると言われています。玉(宝珠)と鍵は玉が稲荷大神の霊徳、鍵がその霊徳を身に付けようとする願望を象徴し、玉鍵信仰に通じると言われているそうです。伏見稲荷大社の正門である楼門前には向かって右に玉(宝珠)と左に鍵を咥えた狛狐が置かれています。
●玉と鍵は花火を打ち上げた際、「鍵屋」・「玉屋」という掛け声の由来になっています。「鍵屋」は1659年(万治2年)に江戸日本橋横山町に開業した花火屋で、お稲荷さんを信仰していました。「玉屋」は八代目鍵屋の時代に番頭・清七がのれん分けで両国吉川町に開業しました。なお川柳では「花火屋は 何れも稲荷の 氏子なり」という一句が残されています。なお伏見稲荷大社では門前に茶店「玉屋」があり、かつては茶屋「鍵玉屋」もあったそうです。

【白狐社(びゃっこしゃ)|きつね(狐)】

白狐社は伏見稲荷大社の末社で、命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)を祀っています。かつては命婦社と称していました。白狐社では1694年(元禄7年)に社殿が建立され、重要文化財に指定されています。社殿は一間社(いっけんしゃ)春日造(かすがづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
●白狐社は伏見稲荷大社が上社・中社・下社の三社別殿だった際の下社の末社・阿古町(あこまち)が起源とされ、伏見稲荷大社内で唯一白狐霊を祀る神社です。阿古町には次のような伝承が残されています。平安時代初期に平安京の北郊にある船岡山(ふなおかやま)にきつねの老夫婦と五匹の子ぎつねが棲んでいました。オスのきつねは尾が金剛杵の五鈷杵(ごこしょ)の形をし、メスのきつねは首が鹿の姿をしていました。きつねの一家は稲荷山に参詣し、お使い(眷族・神使)となることを祈念しました。その願いは叶ってオスの白狐は上社(一ノ峯)に仕え、小薄(をすすき)と称しました。メスの狐は下社(三ノ峯)に仕え、阿古町(あこまち)と称しました。

【御産婆稲荷社(おさんばいなりしゃ)|きつね(狐)】

御産婆稲荷社は三ツ辻から下りた稲荷山の麓に祀られ、産場大明神(さんばだいみょうじん)を祀っています。御産婆稲荷は燃えさしのロウソクを自宅に持ち帰り、自宅でロウソクに火を点して燃え尽きる時間が短ければ、お産も短い時間で楽に済むと言われています。御産婆稲荷のロウソクは伏見稲荷大社の七不思議に数えられています。きつねはお産が軽く、安産であることから安産の神として祀られ、御産婆稲荷のロウソクの由来になったと言われています。なお御産婆稲荷社近くにはかつてきつねの夫婦が棲んで子育てをしていたと言われています。

【子狐丸(こぎつねまる)|きつね(狐)】

子狐丸は平安時代に刀工・三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)が稲荷大神のお使いである子ぎつねの力を借り、御劔社(みつるぎしゃ)近くの井戸・焼刃の水(やきばのみず)で鍛えられたと言われています。
●御劔社は四つ辻と一ノ峰の中間にあり、劔石(つるぎいし)がご神体になっています。劔石は雷神が封じ込められているとも言われ、雷石(かみなりいし)とも言われています。なお劔石は伏見稲荷大社の七不思議に数えられています。
●三条小鍛冶宗近は三日月宗近を作刀し、童子切・鬼丸・大典太・数珠丸とともに天下五剣に数えられています。謡曲「小鍛冶」によると一条天皇から守り刀を作刀するようにと勅命を受けたが、満足いく刀ができず、氏神である稲荷明神に祈願に出掛け、その道中で童子と出会い、自分が相槌を打つと言って消えました。その後作刀を開始すると稲荷明神が現れて一緒に作刀し、素晴らしい刀ができて、「小狐丸」と命名しました。

【門前の名物|きつね(狐)】

伏見稲荷大社の門前ではいなり寿司・きつねうどんが名物になっています。いなり寿司・きつねうどんは狛狐にお供えされた好物の油揚げのお下がり料理として生まれ、名物になったと言われています。またいなり寿司・きつねうどん以外にもきつねの面をかたどった型でキツネ色に焼いたきつね煎餅(せんべい)も名物になっています。
●総本家いなりやのきつね煎餅は小麦粉に白味噌・胡麻・砂糖を混ぜて1枚ずつ丁寧に手焼きされます。きつね煎餅はあっさりした白味噌の甘味と煎り胡麻の香ばしさが特徴になっています。

【きつね|伏見稲荷大社見所 備考】
*参考・・・伏見稲荷大社(見どころ・歴史・きつね・・・)ホームページ

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