二尊院ハギ見ごろ2021(9月上旬~9月中旬頃)

二尊院ハギ見ごろ(例年)・見どころ

二尊院ハギ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。二尊院では総門(京都市指定文化財)から本堂に続く紅葉の馬場の両脇や本堂(京都市指定文化財)・書院・弁財天堂の周辺などにハギが植えられ、赤紫・白色の花が咲きます。なお二尊院には百日紅など植えられ、ハギと一緒に楽しめる場合があります。(詳細下記参照)

【二尊院 ハギ見ごろ(例年)】
二尊院のハギの見ごろ例年9月上旬頃から9月中旬頃です。ただハギの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都萩名所・見ごろ

【二尊院ハギ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27
最寄り駅・バス停・・・嵯峨釈迦堂前(徒歩約10分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から二尊院は28系統(D3乗り場)
*四条烏丸からは91系統
路線・時刻表・運賃チェック

*JR山陰本線の場合、最寄り駅は嵯峨嵐山駅(徒歩約19分)
*嵐電(京福電鉄)嵐山線の場合、最寄り駅は嵐山駅(徒歩約15分)

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【二尊院 ハギ見ごろ(例年)・見どころ】
二尊院はハギ(萩)の名所です。二尊院のハギの見ごろは例年9月上旬頃から9月中旬頃です。
二尊院では総門(京都市指定文化財)から本堂に続く紅葉の馬場の両脇や本堂(京都市指定文化財)・書院・弁財天堂の周辺などにハギが植えられ、赤紫・白色の花が咲きます。なお二尊院には百日紅(さるすべり)など植えられ、ハギと一緒に楽しめる場合があります。
紅葉の馬場は約百メートルにモミジ・サクラの木が交互に植えられています。紅葉の馬場は春に桜、秋に紅葉の名所になっています。紅葉の馬場は石段の上からの眺めが美しいと言われています。
総門は1613年(慶長18年)に角倉了以(すみのくらりょうい)が伏見城の薬医門(やくいもん)を貰い受けて移築・寄進しました。総門には唐草模様(からくさもんよう)・数珠(じゅず)入り三つ巴紋(みつどもえ)・桃の巴蓋瓦(ともえふたかわら)などの文様があります。
本堂は1521年(永正18年)に三条西実隆(さんじょうにしさねたか)が寄付を募って再建しました。本堂には第105代・後奈良天皇(ごならてんのう)の宸筆の額「二尊院」が掛けられています。本堂は木造釈迦如来(しゃかにょらい)立像(重要文化財)・阿弥陀如来(あみだにょらい)立像(重要文化財)を安置しています。なお本堂は入母屋造(いりもやづくり)の銅板葺(どうはんぶき)です。
弁財天堂は弁財天(べんざいてん)の化身である九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)・宇賀神(うがじん)を祀っています。また大日如来(だいにちにょらい)・不動明王(ふどうみょうおう)・毘沙門天(びしゃもんてん)なども安置しています。
ハギ(萩)はマメ科ハギ属の落葉低木または多年草の総称です。ハギにはヤマハギ(山萩)・キハギ(木萩)・メドハギ(筮萩)・マルバハギ(丸葉萩)・シラハギ(白萩)などがあるが、単にハギと言う場合にはヤマハギを指します。ハギは東アジア・南アジア・北米東部・オーストラリアの温帯・亜熱帯に分布し、日本国内では北海道から九州に分布しています。ハギは古くから日本人に親しまれ、「万葉集(まんようしゅう・萬葉集)・奈良時代末期成立」の中で最も多く詠まれた花です。「万葉集」には160種類以上の植物が詠まれ、ハギは歌中に141首、題詞に1首が詠まれています。またハギは女郎花(おみなえし)・尾花(おばな)・撫子(なでしこ)・藤袴(ふじばかま)・葛(くず)・桔梗(ききょう)とともに秋の七草にも数えられています。ハギは夏から秋に葉腋(ようえき)に総状花序(そうじょうかじょ)を出し、紅紫色または白色の蝶に似た蝶形花(ちょうけいか)を咲かせます。なおハギは鹿鳴草(しかなくさ)・鹿の花妻(しかのはなずま)・風聞草(かぜききぐさ)・月見草(つきみそう)・庭見草(にわみぐさ)なども言われています。

【二尊院 歴史・簡単概要】
二尊院(にそんいん)・小倉山二尊教院華台寺(おぐらやまにそんきょういんけだいじ)は平安時代前期の承和年間(834年~848年)に第3代天台座主(てんだいざす)の慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の勅願によって創建したと言われています。ちなみに二尊院の名称は鎌倉時代に造仏され、いずれも重要文化財に指定されている本尊・発遣の釈迦(はっけんのしゃか)と来迎の阿弥陀(らいごうのあみだ)の二如来像に由来しています。二尊院は平安時代に小倉百人一首の撰者・藤原定家(ふじわらのていか)の山荘・時雨亭(しぐれてい)があった場所とも言われています。鎌倉時代初期に浄土宗(じょうどしゅう)の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が住して法を説き、法然上人の高弟で、二尊院3世・湛空上人(たんくうしょうにん)らが再興したと言われています。1227年(嘉禄3年)の嘉禄の法難(かろくのほうなん)では法然上人の遺骸を天台宗の僧兵から守る為、法然廟所から移されたと言われています。室町時代中期の応仁の乱(おうにんのらん)の兵火によって焼失し、戦国時代(室町時代後期)の1521年(永正18年)に三条西実隆(さんじょうにしさねたか)が本堂・唐門を再建しました。なお二尊院は南北朝時代から明治維新まで「黒戸四ヶ院(遣迎院・廬山寺・般舟院)」の一寺として、京都御所内の仏殿である御黒戸(おくろど)を守りました。
*参考・・・二尊院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ二尊院(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【二尊院ハギ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
二尊院(アクセス・見どころ・・・)情報

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