聖護院特別公開2019/9/21~12/8

聖護院

聖護院特別公開(日程・時間・・・)を紹介しています。特別公開はは秋に行われています。特別公開では書院(重要文化財)・宸殿・本堂・大玄関・本尊不動明王像(重要文化財)・宸殿障壁画(狩野永納・狩野益信筆)が公開されます。また光格天皇親刻阿弥陀仏・盛化門院持仏薬師如来・原在中筆四季花鳥図屏風が天皇陛下御即位奉祝として特別展示されます。(詳細下記参照)

【聖護院特別公開2019 日程時間(要確認)】
聖護院特別公開2019は2019年(令和元年)9月21日(土曜日)~12月8日(日曜日)10:00~16:00まで行われます。なお10月5日・10月24日~27日は休止、11月29日は行事の為に区域が限定されます。

【聖護院特別公開 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区聖護院中町15
最寄り駅・バス停・・・熊野神社前(徒歩約3分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。
*京都駅から聖護院は206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは31系統、201系統、203系統
*四条烏丸からは31系統、201系統、203系統
*河原町丸太町からは204系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*京阪電鉄鴨東線の場合、最寄り駅は神宮丸太町駅(徒歩約7分)

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【聖護院特別公開 歴史・簡単概要】
聖護院特別公開(とくべつこうかい)は秋に行われています。
特別公開では書院(重要文化財)・宸殿・本堂・大玄関・本尊不動明王像(重要文化財)・宸殿障壁画(狩野永納・狩野益信筆)が公開されます。また光格天皇親刻阿弥陀仏・盛化門院持仏薬師如来・原在中筆四季花鳥図屏風が天皇陛下御即位奉祝として特別展示されます。
書院は1676年(延宝4年)に聖護院が現在の旧地に戻った際、江戸時代中期(1661~1750)に御所の女院御殿が移されて建立されたと言われています。書院には主室・次の間・背面室などがあり、恋文を表す折文の形を使った釘隠しがあります。なお書院は桟瓦葺の入母屋造です。
宸殿・本堂は江戸時代中期に建立されました。宸殿は1788年(天明8年)の天明の大火の際、第119代・光格天皇の行宮・仮御所として3年間使用され、玉座の間があります。ちなみに史跡・聖護院旧仮皇居に指定されています。なお宸殿は寝殿造です。
本尊不動明王像(重要文化財)は平安時代後期に造仏されたと言われています。聖護院は度々火災に見舞われ、その都度焼失を免れました。
宸殿障壁画は江戸時代前期に狩野山雪(かのうさんせつ)の子・狩野永納(かのうえいのう)と狩野探幽(かのうたんゆう)の養子・狩野益信(かのうますのぶ)が描きました。

【聖護院 歴史・簡単概要】
聖護院(しょうごいん)・聖護院門跡は1090年(寛治4年)に白河上皇(第72代・白河天皇)が熊野三山を参詣する熊野御幸の際、先達を務めた増誉大僧正(ぞうよだいそうじょう)が寺院を賜り、聖体護持の二字から聖護院としたのが起源と言われています。増誉大僧正は奈良・大峰修行を行った天台第5代座主で、天台寺門宗の宗祖である智証大師(ちしょうだいし)・円珍(えんちん)の後を継いで大峰修行を行い、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社を統轄する初代熊野三山検校職(くまのさんざんけんぎょう)に任命されたそうです。その後第77代・白河天皇の皇子・静恵法親王(じょうえほっしんのう)が入寺して門跡寺院になりました。しかし応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、洛北岩倉に移ったが、再び火災に見舞われたことから烏丸今出川に移りました。その後1675年(延宝3年)の延宝の大火でも延焼し、1676年(延宝4年)に現在の旧地に戻りました。
聖護院は本山修験宗の総本山です。
*参考・・・聖護院(アクセス・歴史・・・)ホームページ聖護院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【聖護院特別公開 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
聖護院(アクセス・見どころ・・・)情報

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