縣神社桜見ごろ(3月下旬~4月上旬頃)

縣神社桜見ごろ

縣神社桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。縣神社には社殿前に木の花桜とも言われる枝垂桜が植えられ、宇治市内の俳句結社「幡の会」が建立した句碑「涼風となり神宇治を見そなはす」に枝を差し伸べるように広がっています。木の花桜は縣神社の祭神・木花開耶姫命に因んで名付けられたそうです。(詳細下記参照)

【縣神社桜見ごろ時期 2020年(要確認)】
縣神社の桜見ごろは例年3月下旬頃から4月上旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【縣神社桜・縣神社 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府宇治市宇治蓮華72
最寄り駅・バス停・・・JR宇治駅(徒歩約7分)、京阪宇治駅(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から縣神社はJR奈良線
*祇園四条駅からは京阪電鉄本線・宇治線

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【縣神社桜見ごろ時期】
縣神社はあまり知られていない桜の名所です。縣神社の桜見ごろは例年3月下旬頃から4月上旬頃です。縣神社には社殿前に木の花桜(このはなざくら・木乃花桜)とも言われる枝垂桜(シダレザクラ)が植えられ、宇治市内の俳句結社「幡の会」が建立した句碑「涼風となり神宇治を見そなはす」に枝を差し伸べるように広がっています。木の花桜は他の桜に先駆けて花を咲かせます。木の花桜は縣神社の祭神・木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと・木花咲耶姫命)に因んで名付けられたそうです。日本の国花「さくら」は木花開耶姫命の神名「さくや」が転訛したとも言われているそうです。
木花開耶姫命は日本神話に登場する女神です。日本最古の歴史書「古事記」では本名を神阿多都比売(かむあたつひめ)、別名を木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)、日本最古の正史「日本書紀」では本名を神吾田鹿葦津姫(かむあたかあしつひめ・神吾田津姫)、別名を木花開耶姫と記されています。木花開耶姫命は父が大山津見神(おおやまつみのかみ)で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)と結婚し、一夜で身篭って火中で火照命(ほでりのみこと・火明命)・火須勢理命(ほすせりのみこと)・初代神武天皇の祖父である火遠理命(ほおりのみこと)を生んだとされています。
枝垂桜(シダレザクラ)はバラ科サクラ属の一種で、彼岸頃(3月下旬頃)に花を咲かせる江戸彼岸(エドヒガン)の枝垂れ品種です。枝垂桜には八重紅枝垂(ヤエベニシダレ)・紅枝垂(ベニシダレ)・清澄枝垂(キヨスミシダレ)などがあります。枝垂桜は開花時期が3月下旬頃から4月上旬頃で、染井吉野(ソメイヨシノ)よりも早くなります。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【縣神社 歴史・簡単概要】
縣神社(あがたじんじゃ)は起源が明確ではありません。縣神社は創建された土地の守護神として祀られ、大和政権下の地方組織・県(あがた)に関係があったとも言われています。その後1052年(永承7年)に関白・藤原頼通(ふじわらのよりみち)が別荘・宇治殿の寝殿を本堂に改め、藤原氏の氏寺(平等院)を創建した際、その総鎮守となったとも言われています。ちなみに宇治川の対岸に創建されている宇治上神社(うじがみじんじゃ・うじかみじんじゃ)も平等院の鎮守社だったとも言われています。縣神社は江戸時代まで滋賀大津・三井寺(園城寺)の支配を受け、明治維新の神仏分離令によって独立し、本地仏は平等院の塔頭・最勝院に移されたと言われています。ちなみに三井寺は672年(天武天皇元年)の壬申の乱で敗れた大友皇子の皇子・大友与多王(よたのおおきみ)が父の菩提を弔う為、686年(朱鳥元年)に田園城邑(じょうゆう)を寄進して寺を創建した天台寺門宗の総本山の寺院です。なお縣神社は木花開耶命(このはなさくやひめのみこと)を祀っています。
*参考・・・縣神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ縣神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【縣神社桜見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
縣神社(アクセス・見どころ・・・)情報

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