狐の嫁入り巡行2020/3/6~15(日程・・・)

狐の嫁入り巡行

狐の嫁入り巡行2020(日程・時間・・・)を紹介しています。狐の嫁入り巡行は毎年3月に行われる東山花灯路(ひがしやまはなとうろう)の一環として行われています。狐の嫁入り巡行は表裏白一色で仕立てた白無垢(しろむく)・綿帽子(わたぼうし)・狐の面を付け、人力車に乗った狐のお嫁さんと提灯行列で再現されます。(詳細下記参照)

●東山花灯路は新型コロナウイルスの感染拡大防止の為、中止になりました。ただ一部例外あり。(下記リンク参照)
*参考・・・東山花灯路ホームページ

【狐の嫁入り巡行2020 日程時間(要確認)】
狐の嫁入り巡行2020(●コロナによる実施の有無・内容要確認)は2020年(令和2年)3月6日(金曜日)~15日(日曜日)19:00・20:00から行われます。(毎日2回・雨天決行)
東山花灯路2020

【狐の嫁入り巡行・知恩院 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市東山区林下町400 知恩院内
最寄り駅・バス停・・・知恩院前(徒歩約15分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは12系統、46系統、201系統、203号系統
*四条烏丸からは46系統、201系統、203号系統
*河原町丸太町からは202系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は祇園四条駅(徒歩約10分)
*阪急電鉄京都線の場合、最寄り駅は京都河原町駅(徒歩約15分)
*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は東山駅(徒歩約10分)

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【狐の嫁入り巡行 歴史・簡単概要】
狐の嫁入り巡行(きつねのよめいりじゅんこう)は毎年3月に行われる東山花灯路(ひがしやまはなとうろう)の一環として行われています。なお東山花灯路は京都・花灯路推進協議会が主催して行われています。
狐の嫁入り巡行は表裏白一色で仕立てた白無垢(しろむく)・綿帽子(わたぼうし)・狐の面を付け、人力車に乗った狐のお嫁さんと提灯行列で再現されます。狐の嫁入り巡行は知恩院三門前から高台寺まで巡行します。なお狐の嫁入り巡行は東山花灯路の期間中、毎日2回(19:00出発・20:00出発)行われます。
狐の嫁入りは夜間に山野で狐火(きつねび)がいくつも連なり、嫁入り行列の提灯のように見えるものを言います。また狐の嫁入りは昼間日が照っているのに急ににわか雨(小雨)が降る日照り雨(天気雨)のことを言います。

【東山花灯路 歴史・簡単概要】
東山花灯路(はなとうろ)は京都の夜の風物詩を新たに創り出す為、2003年(平成15年)3月から東山エリアで始まり、毎年100万人以上の観光客が楽しんでいます。2005年(平成17年)12月からは嵐山・嵯峨エリアでも嵐山花灯路が始まりました。なお東山花灯路は白壁・石畳・門前町などの東山の地理的条件を生かし、露地に行灯や生け花などを置き、京都の早春の季節感を演出します。

【知恩院 歴史・簡単概要】
知恩院(ちおんいん)は平安時代後期の1175年(承安5年)に浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が東山・吉水(よしみず)に草庵を結び、専修念仏(せんじゅねんぶつ)を布教したのが起源です。知恩院は当初吉水御坊・大谷禅坊などと称されていました。その後鎌倉時代にの1227年(嘉禄3年)に比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の衆徒によって破壊されたが、1234年(文暦元年)に法然上人の弟子・勢観房源智(せいかんぼうげんち)が再興し、第87代・四条天皇から寺号「華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざんちおんきょういんおおたにでら)」を賜りました。しかしその後の火災や応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などによって焼失しました。江戸時代初期の1608年(慶長13年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が伽藍を建立し、2代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)と3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が引き継ぎました。
知恩院は浄土宗の総本山です。
*参考・・・知恩院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ知恩院(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【高台寺 歴史・簡単概要】
高台寺(こうだいじ)は1606年(慶長11年)に関白・豊臣秀吉の正室・北政所(ねね)が1598年(慶長3年)に亡くなった秀吉の菩提を弔う為、曹洞宗の僧・弓箴善彊(きゅうしんぜんきょう)を開山として創建しました。北政所は当初実母・朝日局(吉子)が弔われている菩提寺・康徳寺(こうとくじ)に弔うとしたが、手狭だったことから岩栖院(がんせいいん)と敷地交換して現在の場所に創建しました。北政所は門前に伏見城の化粧御殿などを移して屋敷を構え、晩年の19年間を過ごして亡くなり、その後甥である備中足守藩第2代藩主・木下利房(きのしたとしふさ)が塔頭・円徳院(えんとくい)を創建しました。高台寺の名称は北政所が落飾後の1603年(慶長8年)に第107代・後陽成天皇から賜った院号・高台院湖月心尼(高台院快陽心尼)に由来しています。
高台寺は臨済宗建仁寺派の寺院です。
*参考・・・高台寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ高台寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【狐の嫁入り巡行 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
知恩院(アクセス・見どころ・・・)情報
高台寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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