清水寺慈恩会(毎年11月13日)

清水寺

清水寺慈恩会

清水寺慈恩会(日程・時間・・・)を紹介しています。慈恩会は毎年11月13日に行われています。慈恩会では中国・唐代きっての学僧で、法相宗の宗祖である慈恩大師の遺徳を偲びます。なお法相宗は慈恩大師から日本法相教学の初伝・道昭・日本法相宗の祖・義淵僧正らを経て、清水寺に繋がっています。

【清水寺慈恩会 日程時間(要確認)】
清水寺慈恩会は毎年11月13日に行われます。

【清水寺慈恩会 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市東山区清水1-294
最寄り駅・バス停・・・清水道(徒歩約10分)、五条坂(徒歩約10分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から清水寺は100系統(D1乗り場)、110系統(D1乗り場)、206系統(D2乗り場)
*京都駅八条口(南口)アバンティ前からは202系統
*祇園からは100系統、202系統、206系統、207系統
*四条大宮・四条烏丸・四条河原町・四条京阪からは207系統
*千本丸太町・堀川丸太町・河原町丸太町からは202系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は清水五条駅(徒歩約22分)・祇園四条駅(徒歩約25分)
*阪急京都本線の場合、最寄り駅は河原町駅(徒歩約30分)
清水寺アクセス(バス・地下鉄・私鉄・・・)

スポンサーリンク


【清水寺慈恩会 歴史・簡単概要】
清水寺慈恩会(じおんえ)では中国・唐代きっての学僧で、法相宗の宗祖である慈恩大師の遺徳を偲びます。なお法相宗は慈恩大師から日本法相教学の初伝・道昭(どうしょう)・日本法相宗の祖・義淵僧正(ぎいんそうじょう)らを経て、清水寺に繋がっています。
慈恩大師・窺基(きき・基(き))は632年に唐の功臣で、父・尉遅敬徳と母・裴氏との間に生まれ、17歳で出家し、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)に師事して、玄奘三蔵が645年にインドから持ち帰った経典の翻訳に参加し、659年には訳した成唯識論を注釈し、成唯識論述記・成唯識論掌中枢要を記しました。なお慈恩大師は法苑義林章・成唯識論述記を記し、法相宗の宗義が形成されたと言われています。
慈恩会は951年(天暦5年)に法相宗の大本山である奈良・興福寺(こうふくじ)の第14世別当・空晴(こうじょう)が始めたのが起源とも言われています。かつては庚申講(こうしんこう)と称されていたとも言われています。なお興福寺では現在法相宗の大本山である奈良・薬師寺(やくしじ)と1年交代で行われています。

【清水寺 歴史・簡単概要】
清水寺(きよみずでら)は奈良時代後期の778年(宝亀9年)に奈良・興福寺(こうふくじ)の僧で、子島寺(こじまでら・子嶋寺)で修行していた延鎮上人(えんちんしょうにん)・賢心(けんしん)が「木津川の北流に清泉を求めて行け」という霊夢により、音羽山に庵を結んだのが起源と言われています。その後780年(宝亀11年)に坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が延鎮上人から鹿狩りの殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭されて、自らの邸宅を仏殿に寄進しました。また坂上田村麻呂は妻とともに本尊・十一面千手観音像と地蔵菩薩・毘沙門天を安置したとも言われています。平安時代前期の805年(延暦24年)に第50代・桓武天皇の御願寺になり、810年(弘仁元年)には鎮護国家の道場になり、第52代・嵯峨天皇から「北観音寺」の宸筆を賜りました。江戸時代前期の1633年(寛永10年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)の寄進によって本堂(清水の舞台)が再建されました。なお清水寺は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
清水寺は北法相宗の本山です。
*参考・・・清水寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ清水寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【清水寺慈恩会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
清水寺(アクセス・見どころ・・・)情報
清水寺歴史年表
清水寺見どころ清水寺見所ランキング

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場
  2. 竹林の道
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る