清水寺七不思議まとめ(修学旅行・観光見所)

清水寺見どころ

清水寺七不思議

清水寺七不思議を紹介しています。七不思議には三重塔の鬼瓦・仁王門の腰貫・6本脚の鐘楼・扉がない轟門・川も池もない轟橋・阿阿の狛犬・岸駒の燈籠・馬駐の金具・梟の手水鉢・弁慶の指跡・弁慶の鉄の下駄と錫杖・平景清の足形石・平景清爪彫りの観音・清水の舞台・鏡天井の円龍などがあります。(清水寺七不思議下記参照)

【清水寺 歴史・簡単概要】
清水寺(きよみずでら)は778年(宝亀9年)大和・興福寺の僧で、子島寺で修行していた延鎮上人(えんちんしょうにん)・賢心(けんしん)が「木津川の北流に清泉を求めて行け」という霊夢により、音羽山に庵を結んだのが起源と言われています。その後780年(宝亀11年)坂上田村麻呂が延鎮上人から鹿狩りの殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭され、自らの邸宅を仏殿(ぶつでん)に寄進しました。また坂上田村麻呂は妻とともに本尊・十一面千手観音像と地蔵菩薩・毘沙門天を安置したとも言われています。
清水寺見どころ

【清水寺-三重塔の鬼瓦・七不思議】
三重塔(重要文化財)の東南の鬼瓦は鬼ではなく、水神の龍になっています。龍は雨を呼ぶとも言われ、防火の意味が込められているとも言われています。三重塔は高さ約30メートルです。なお三重塔は1632年(寛永9年)に再建されました。
(三重塔の鬼瓦・豆知識)
●三重塔は内部に曼荼羅が造形され、中央に大日如来が安置されいます。

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【清水寺-仁王門の腰貫・七不思議】
仁王門(重要文化財)の右側腰貫は頭を叩くと反対側の腰貫に音が反響します。仁王門は仁王門から直接仏堂が見えないことから目隠し門とも言われています。なお仁王門は応仁の乱で焼失し、室町時代後期(16世紀初頭)に再建されました。
(仁王門の腰貫・豆知識)
●仁王門は左右に鎌倉時代の金剛力士像を安置しています。

【清水寺-6本脚の鐘楼・七不思議】
鐘楼(重要文化財)は仁王門をくぐった左にあり、柱が4本脚ではなく、珍しい6本脚になっています。梵鐘が重いことから6本脚になったとも言われています。なお鐘楼は1607年(慶長12年)に建立されました。
(6本脚の鐘楼・豆知識)
●鐘楼に釣られていた梵鐘(重要文化財)は室町時代に鋳造されました。梵鐘は高さ約2.1メートル・口径約1.2メートル・重さ約2.3トンです。なお現在の梵鐘は2008年(平成20年)に再鋳造されたものです。

【清水寺-扉がない轟門・七不思議】
轟門(重要文化財)は本堂の西にあり、柱は珍しい8本(八脚門)あるが、扉がありません。なお轟門は1631年(寛永8年)から1633年(寛永10年)に再建されました。
(扉がない轟門・豆知識)
●轟門はお釈迦様の教えを四方万里に轟かせることから名付けられ、扉は必用ないとも言われています。

【清水寺-川も池もない轟橋・七不思議】
轟橋(とどろきばし)は轟門の前にあり、川も池もないのに架かっています。轟橋は手水鉢の水を流す為とも、聖地に架かる橋の意味とも言われています。
(川も池もない轟橋・豆知識)
●轟橋にはかつて轟川(とどろきがわ)という小川が流れていたとも言われています。

【清水寺-阿阿の狛犬・七不思議】
仁王門前の狛犬は両方口を開けて「阿阿」になっています。一般的に狛犬は一方が口を開けた阿形(あぎょう)、もう一方が口を閉じた吽形(うんぎょう)になっています。なお「阿」は万物の始まりを意味し、「吽」は万物の終わりを意味するそうです。
(阿阿の狛犬・豆知識)
●狛犬が両方口を開けているのはお釈迦様の教えを世に大声で知らしめる為とも言われています。
●狛犬は1924年(大正13年)に仁王門の石段などの修理の際に設置されたそうです。

【清水寺-岸駒の燈籠・七不思議】
岸駒(がんく)の燈籠は仁王門の右下にあり、燈籠に彫られた虎が夜になると吠え、抜け出して水を飲むと言われています。また虎はどこから見ても目が合うことから「八方睨みの虎」とも言われています。なお虎は江戸時代後期に絵師・岸駒が描きました。
(岸駒の燈籠・豆知識)
●岸駒の燈岸を描いた岸駒は日本にいない虎を忠実に描く為、中国から虎の毛皮や頭蓋骨などを取り寄せたと言われています。

【清水寺-馬駐の金具・七不思議】
馬駐(うまとどめ)は仁王門の石段の左にあり、2つの金具だけが他の金具と違って、下向きに取り付けられています。間違って取り付けたとも、遊び心とも言われています。なお馬駐は応仁の乱後に再建されたと言われています。
(馬駐の金具・豆知識)
●馬駐の金具は馬で参拝した際、馬を繋ぐものです。

【清水寺-梟の手水鉢・七不思議】
梟の手水鉢(ふくろうのちょうずばち)は轟橋の横にあり、台座には梟が彫られています。梟は室町時代の御伽草子「鴉鷺合戦物語(あろかっせんものがたり)」に登場する梟を擬人化した「梟木工允谷朝臣法保(ふくろうもくのみつやあそんのりやす)」を意味するものではないかとも言われています。
(梟の手水鉢・豆知識)
●梟の手水鉢は口を漱ぐと歯痛・頭痛が治まるご利益があると言われています。

【清水寺-弁慶の指跡・七不思議】
弁慶の指跡(べんけいのゆびあと)は本堂裏側にある深さ2センチほどの直線状の溝です。溝は弁慶の指跡ではないかと言われていますが、実際は電気が無かった時代にお百度参り訪れた参拝者が壁をつたって歩いた時にできた痕跡のようです。
(弁慶の指跡・豆知識)
●弁慶の指跡がある本堂は国宝で、1633年(寛永10年)徳川家光の寄進によって再建されました。

【清水寺-弁慶の鉄の下駄と錫杖・七不思議】
鉄の下駄と錫杖は弁慶が使用していたとも、音羽の滝の行者が満願成就の御礼に収めたとも言われています。
(弁慶の鉄の下駄と錫杖・豆知識)
●鉄の下駄は片方が約12キロあります。また大錫杖は長さ約2.6メートル・重さ約96キロ、小錫杖は長さ約1.7メートル 重さ約17キロあります。

【清水寺-平景清の足形石・七不思議】
足形石(仏足石)は朝倉堂の東側にあり、平景清(たいらのかげきよ)の足形とも、弁慶の足形とも言われています。平景清の足形石は約50センチ(一尺七寸)もあります。
(平景清の足形石・豆知識)
●平景清の足形石の由来となった平景清は藤原忠清(ふじわらのただきよ)の子で、平家に仕えて勇猛果敢に戦い、悪七兵衛(あくしちびょうえ)とも言われました。

【清水寺-平景清爪彫りの観音・七不思議】
石灯篭の景清爪彫りの観音は胎内めぐりの随求堂の右側にあります。爪彫りの観音は平景清(たいらのかげきよ)が平家滅亡後に牢獄の中で爪だけで観音像を刻み付け、清水寺に奉納したと言われています。
(平景清爪彫りの観音・豆知識)
●平景清爪彫りの観音の由来となった平景清に関する伝説は各地にあり、歌舞伎や落語にもなっています。

【清水寺-清水の舞台・七不思議】
清水の舞台(国宝)は懸造(かけづくり)・舞台造で、釘を1本も使わずに139本のケヤキの柱で組み上げられています。なお清水の舞台(本堂)は1633年(寛永10年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光の寄進によって再建されました。
(清水の舞台・豆知識)
●清水の舞台(本堂)は高さ約13メートルです。

【清水寺-鏡天井の円龍・七不思議】
鏡天井の円龍はかつて清水寺の鎮守社だった地主神社の拝殿(重要文化財)に描かれ、夜になると抜け出して水を飲むと言われています。円龍は絵師・狩野元信が描きました。
(鏡天井の円龍・豆知識)
●鏡天井の円龍が描かれている地主神社の拝殿は1633年(寛永10年)に徳川家光が再建しました。

【清水寺-音羽の滝・七不思議】
音羽の滝(音羽の瀧)の水は古来から「黄金水」・「延命水」と言われ、六根清浄や諸願成受就を祈願しました。なお音羽の滝の水は学問成就(左の筧)・恋愛成就(中央の筧)・延命長寿(右の筧)にご利益があると言われています。
(音羽の滝・豆知識)
●音羽の滝は水源である牛尾山で大蛇退治が行われた際、真っ赤に染まったとも言われています。

【清水寺-首振り地蔵さん・七不思議】
首振り地蔵さんは善光寺堂の前にあり、地蔵さんの首は360度回ります。なお首振り地蔵さんの首を願いのある方向に向け、恋愛成就・金運・商売繁盛などを願うと願いが叶うと言われています。
(首振り地蔵さん・豆知識)
●首振り地蔵さんがある善光寺堂は地蔵菩薩を本尊とする地蔵院が起源です。

【清水寺七不思議 備考】
*参考・・・京都世界遺産・清水寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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