智積院梅見ごろ2021(2月中旬~3月中旬頃)

智積院梅見ごろ

智積院梅見ごろ(イベント・・・)を紹介。智積院には本尊・金剛界大日如来を祀る金堂前の参道や金堂裏のあじさい園などに紅梅・白梅などが植えられ、梅と金堂・参道・あじさい園などの光景が美しいと言われています。梅は金堂前の参道だけでなく、金堂裏にもあり、見逃さないようにしましょう。(詳細下記参照)

【智積院梅見ごろ(要確認)】
智積院の見ごろは例年2月中旬頃から3月中旬頃です。なお梅の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2021京都梅名所

【智積院梅見ごろ アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市東山区東大路通七条下ル東瓦町964
最寄り駅・バス停・・・東山七条(徒歩約3分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは100系統(D1乗り場)、110系統(D1乗り場)、206系統(D2乗り場)、208系統(D2乗り場)
*四条河原町からは207系統
*四条烏丸からは207系統
*河原町丸太町からは202系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は七条駅(徒歩約5分)

スポンサーリンク

【智積院梅見ごろ・梅見どころ】
智積院はあまり知られていない梅の名所です。智積院の見ごろは例年2月中旬頃から3月中旬頃です。智積院には本尊・金剛界大日如来を祀る金堂前の参道や金堂裏のあじさい園などに紅梅・白梅などが植えられ、梅と金堂・参道・あじさい園などの光景が美しいと言われています。梅は金堂前の参道だけでなく、金堂裏にもあり、見逃さないようにしましょう。
金堂は1882年(明治15年)に焼失し、1975年(昭和50年)に再建されました。金堂は鉄筋コンクリート造りで、入母屋造りの瓦葺きです。金堂は大日如来坐像・釈迦如来坐像などが安置されています。
あじさい園は金堂裏に造営されています。あじさい園は近年造営されたとも言われています。あじさい園では例年6月上旬頃から7月上旬頃に見ごろを迎えます。
梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木です。梅は630年(舒明2年)から838年(承和5年)に派遣された遣唐使(けんとうし)が唐(中国)から日本に伝えたと言われています。梅には500種以上の品種があるが、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
花見と言うと現在は桜を連想するが、奈良時代には中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に変わり、奈良時代末期頃成立の「万葉集」では梅を読んが和歌が桜よりも多かったが、平安時代前期成立の「古今和歌集」では桜を詠んだ和歌の方が梅よりも多くなります。

【智積院 歴史・簡単概要】
智積院(ちしゃくいん)は南北朝時代に根来寺(ねごろじ)の学頭・真憲坊長盛が平安時代に興教大師(こうぎょうだいし)・覚鑁(かくばん)が創建した大伝法院(だいでんぼういん・根来寺)の学頭寺院(塔頭・たっちゅう)として根来山内に創建したのが起源と言われています。ちなみに大伝法院は興教大師・覚鑁が高野山に創建したが、教義上の対立から根本道場を根来山に移し、鎌倉時代中頃に頼瑜僧正(らいゆそうじょう)が根来山に寺籍を移しました。1585年(天正13年)に根来寺(大伝法院)が関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)と対立し、根来攻めによって焼失しました。1601年(慶長6年)に智積院住職・玄宥僧正(げんゆうそうじょう)が江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)から豊臣秀吉が豊国大明神として祀られていた豊国神社境内の坊舎・土地を寄進されて再興し、秀吉の子・棄丸(すてまる)の菩提を弔う為に創建された祥雲禅寺(しょううんぜんじ)も賜って境内・伽藍が拡充されました。江戸時代前期に第7世化主(けしゅ)・運敞僧正(うんしょう)が宗学を究め、智山教学を確立しました。なお智積院は本尊・金剛界大日如来を金堂に安置しています。
智積院は真言宗智山派の総本山です。
*参考・・・智積院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ智積院(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【智積院梅見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
智積院(アクセス・見どころ・・・)情報

関連記事

ページ上部へ戻る