祇園祭長刀鉾稚児社参2024/7/13(日程時間・・・)

長刀鉾稚児社参

祇園祭長刀鉾稚児社参

祇園祭長刀鉾稚児社参(日程・時間・・・)を紹介しています。祇園祭長刀鉾稚児社参は例年7月13日に行われています。長刀鉾稚児社参では祇園祭山鉾巡行(前祭)の際、稚児が長刀鉾の上から貴人を見下ろしても不遜にならないように五位少将・十万石大名相当の格式を授かります。なお長刀鉾稚児社参はお位貰いの儀とも言われます。(詳細下記参照)

★祇園祭2024は最新情報。

【祇園祭長刀鉾稚児社参2024 日程時間(要確認)】

祇園祭長刀鉾稚児社参2024は2024年(令和6年)7月13日(土曜日)11:00から行われます。
●祇園祭の主要行事の日程を確認できます。(下記リンク参照)
祇園祭2024日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)

【祇園祭長刀鉾稚児社参・八坂神社 アクセス・マップ】

場所・・・京都府京都市東山区祇園町北側625番地
最寄り駅・バス停・・・祇園(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から八坂神社は100系統(D1乗り場)、110系統(D1乗り場)、206系統(D2乗り場)
*四条河原町・四条烏丸・四条堀川・四条大宮からは46系統、201系統、203系統、207系統
*河原町丸太町・烏丸丸太町・堀川丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック

*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は祇園四条駅(徒歩約5分)
*阪急電鉄京都線の場合、最寄り駅は京都河原町駅(徒歩約8分)
長刀鉾(アクセス・・・)

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【祇園祭長刀鉾稚児社参 簡単概要】

祇園祭長刀鉾稚児社参(なぎなたほこちごしゃさん)では立烏帽子(たてえぼし)・水干(すいかん)姿の稚児が2人の禿(かむろ)などを従え、白馬に乗って八坂神社(やさかじんじゃ)を訪れます。稚児は7月17日に行われる祇園祭山鉾巡行(前祭)の際、長刀鉾の上から貴人を見下ろしても不遜にならないように五位少将(ごいしょうしょう)・十万石(じゅうまんごく)大名相当の格式を授かります。その為長刀鉾稚児社参はお位貰いの儀(お位もらい)とも言われます。ちなみに稚児は社参後から神のお使いとされ、公の場では地上を一歩も歩かず、男性強力(ごうりき)の肩に担がれて移動します。なお長刀鉾稚児社参終了後、稚児は八坂神社の境内にある二軒茶屋(にけんちゃや)・中村楼(なかむらろう)に立ち寄り、稚児餅を献上されます。稚児餅は食べると夏痩せせず、疫病除けのご利益があるとも言われています。
祇園祭山鉾巡行(前祭)
稚児は社参終了後、精進潔斎の生活に入り、女人禁制のしきたりに従い、女性が作った食事は一切口にせず、他の人とは別の火で作った食事を食べます。なお長刀鉾には女性は搭乗することはできません。
稚児社参はかつて長刀鉾以外も交代で行っていたが、現在生稚児が唯一搭乗する長刀鉾だけが社参を行っています。生稚児はかつて船鉾・大船鉾以外の鉾に搭乗していたが、1788年(天明8年)の天明の大火で被災した函谷鉾が1839年(天保10年)に再興した際、生稚児に代わって稚児人形を使うようになってからは他の鉾も徐々に人形に代わり、1929年(昭和4年)に放下鉾が人形に代わって以来、生稚児を搭乗せるのは長刀鉾だけになりました。
稚児餅は7月14日から31日まで一般の方も購入することができます。なお二軒茶屋・中村楼は1550年(天文19年)頃に創業されたと言われています。南楼門前の参道の東西には二軒の茶店があり、東側の柏屋が起源とも言われています。ちなみに三条若狭屋では稚児餅に由来する祗園ちご餅が販売されているそうです。
祇園祭長刀鉾稚児(歴代稚児・・・)

【祇園祭 歴史・簡単概要】

祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から毎年に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)

【長刀鉾 歴史・簡単概要】

長刀鉾(読み方:なぎなたほこ・なぎなたぼこ)は室町時代中期の1441年(嘉吉元年)またはそれ以前に創建されたと言われています。また長刀鉾は鎌倉時代前期の1225年(嘉禄元年)に八坂神社(やさかじんじゃ・祇園社(ぎおんしゃ))に寄進された長刀を鉾頭に掲げて創建されたとも言われています。長刀鉾は現在存在する祇園祭の全山鉾の中で最古の山鉾と言われています。室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))前の山鉾と地名を記した「祗園社記(ぎおんしゃき)」第15(八坂神社記録)には「長刀ほく(四条東洞院烏丸間)」と記されています。長刀鉾の名称は山鉾の先端である鉾頭に疫病邪悪(えきびょうじゃあく)を祓う大長刀(おおなぎなた)を付けていることに由来しています。鉾頭にはかつて三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)が造った長刀、戦国時代(室町時代後期)の1522年(大永2年)に三条長吉(さんじょうながよし)が造った長刀、江戸時代前期の1675年(延宝3年)に和泉守来金道(いずみのかみらいきんみち)が造った長刀が使われていたが、現在は竹に錫箔を張ったレプリカが使われています。なお長刀鉾では長刀の刃先が京都御所・八坂神社には向かないように南向きに取り付けています。
三条小鍛冶宗近が造った長刀は宗近が娘の病気平癒を祈願し、八坂神社(やさかじんじゃ・祇園社(ぎおんしゃ))に奉納しました。その後鎌倉時代に武士が愛用していたが、不思議な出来事が続いたことから返納されました。戦国時代(室町時代後期)の1522年(大永2年)に神のお告げにより、長刀鉾町で飾ったところ流行していた疫病は治まったと言われています。
*参考・・・長刀鉾(祇園祭山鉾前祭)ホームページ

【八坂神社 歴史・簡単概要】

八坂神社(やさかじんじゃ)は起源が明確ではありません。八坂神社は656年(斉明天皇2年)に高麗(高句麗)から来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)が新羅・牛頭山に座した素戔嗚尊(すさのおのみこと)=牛頭天王(ごずてんのう)を山城八坂郷に奉斎したのが起源とも、876年(貞観18年)に南都(奈良)の僧・円如(えんにょ)が堂(観慶寺)を建立して薬師千手等の像を奉安し、その後天神(祇園神)が東山の麓・祇園林に垂跡(すいじゃく)したのが起源とも言われています。また829年(天長6年)に参議・紀百継(きのももつぐ)が山城八坂郷丘一処を賜り、神の祭祀を行ったのが感神院(かんしんいん)の起源とも言われています。その後869年(貞観11年)に流行した疫病を鎮める御霊会(ごりょうえ)が神泉苑で行われたのが祇園祭の起源と言われ、970年(天禄元年)からは毎年御霊会が行われるようになりました。
八坂神社は全国の八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする神社の総本社です。
*参考・・・京都・八坂神社(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

【祇園祭長刀鉾稚児社参 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
祇園祭2024日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

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