祇園祭歴史年表(起源・・・)

祇園祭前祭宵山

祇園祭歴史

祇園祭歴史を紹介しています。祇園祭とは京都三大祭りに数えられる葵祭とともに千年以上の歴史があります。祇園祭の歴史は869年(貞観11年)が起源とも言われています。ちなみに祇園祭はかつて神仏習合の時代に八坂神社が祇園社とも言われていたこともあり、明治時代までは祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)とも言われていました。

【祇園祭 日程】
祇園祭は7月1日の吉符入(きっぷいり) から31日の疫神社(えきじんじゃ)の夏越祭(なごしさい)までの1ヶ月に渡って行われます。
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祇園祭・葵祭比較

【祇園祭歴史・由来 年表】
(祇園祭歴史・前史)
祇園祭の前史は863年(貞観5年)に疫病が流行し、疫神(えきじん)や死者の怨霊(祟り)を鎮める為、禁苑(宮中の庭)である神泉苑(しんせいえん)で行われた最初の御霊会(ごりょうえ)です。ただ疫病は続いたことからその後も御霊会が度々行われ、八坂神社の主祭神でもある牛頭天王(ごずてんのう)=素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀り、無病息災を祈願しました。

(祇園祭歴史・起源)
祇園祭は869年(貞観11年)に京都をはじめ全国に再び疫病が流行し、牛頭天王(素戔嗚尊)の祟りであるとし、卜部日良麿(卜部平麻呂・うらべのひらまろ)が神泉苑に全国の国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来の化身とされる牛頭天王を祀り、八坂神社(祇園社)から3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会が起源と言われています。ちなみに神泉苑の東南端には現在八坂神社御供社(やさかじんじゃごくうしゃ・又旅所(またたびしゃ))が造営され、7月24日の祇園祭還幸祭(かんこうさい)では3基の神輿(中御座神輿・東御座神輿・西御座神輿)が立ち寄り、八坂神社に戻ります。なお中御座神輿(なかござみこし)には素戔嗚尊(すさのおのみこと)・東御座神輿(ひがしござみこし)には素戔嗚尊の妻・櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)・西御座神輿(にしござみこし)には素戔嗚尊の8人の子供・八柱御子神(やはしらのみこがみ)の神霊が移されています。

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(祇園祭歴史・平安時代)
970年(天禄元年)から祇園祭が毎年旧暦の6月14日に行われるようになりました。
974年(天延2年)に東洞院高辻に住む秦助正(はたのすけまさ)が「汝の家を影向の地とせん 速やかに朝廷に奏上せよ」との八坂大神からの神託を夢の中で受け、円融天皇も同じ夢を見ていたことから秦助正の自宅が大政所御旅所(おおまんどころおたびしょ)になり、神殿が造営されたとも言われています。またその後祇園祭が官祭になったとも言われています。ちなみに大政所御旅所は大政所神輿(素戔嗚尊)・八王子神輿(八柱御子神)を奉安しました。
1069年(延久元年)に田楽50組が参加し、祇園祭で田楽・猿楽なども行われるようになったと言われています。
1136年(保延2年)に少将井御旅所(しょうしょういおたびしょ)が造営されたと言われています。ちなみに少将井御旅所は少将井神輿(櫛稲田姫命)を奉安しました。

(祇園祭歴史・室町時代)
1378年(天授4年)室町幕府3代将軍・足利義満が猿楽師・世阿弥(ぜあみ)とともに山鉾を見物したと言われています。
室町時代などの一時期に比叡山延暦寺の影響力により、八坂神社は延暦寺の守護神・日吉大社(ひえたいしゃ・ひよしたいしゃ)の末社にされ、日吉神社の祭礼・日吉祭(山王祭・さんのうさい)が行われない場合には祇園祭も中止させられたり、延期させられたりしたと言われています。
1467年(応仁元年)からの応仁の乱(~1477年(文明9年))により、祇園祭は一時途絶えました。
1500年(明応9年)に町衆の手により、祇園祭が再興されました。

(祇園祭歴史・近世)
1591年(天正19年)関白・豊臣秀吉の命により、大政所御旅所と少将井御旅所が移され、四条通寺町にある現在の八坂神社御旅所に統合されました。
1708年(宝永5年)の宝永の大火・1788年(天明8年)の天明の大火・1864年(元治元年)の禁門の変(元治の大火)が発生し、多くの山鉾が焼失したと言われています。

(祇園祭歴史・その後)
明治維新後の神仏分離令により、祇園祭の名称が祇園御霊会から祇園祭に改められ、八坂神社の名称も祇園社から八坂神社に改められました。
1967年(昭和41年)に7月17日の祇園祭山鉾巡行(前祭)と7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)が統合され、7月17日の合同巡行になりました。
2009年(平成21年)に祇園祭がユネスコの無形文化遺産に登録されました。
2014年に祇園祭山鉾巡行(後祭)が復活しました。

【祇園祭歴史・由来 粟田祭・粟田神社】
粟田祭(あわたまつり)は粟田神社(あわたじんじゃ)の祭礼で、室町時代に祇園祭が行われなかった際、粟田祭が代わりに行われたとも言われています。ちなみに粟田祭は1001年(長保3年)の旧暦9月9日の夜、一人の神童が八坂神社に現れ、「今日より7日後に八坂神社の東北の地に瑞祥が現れる。そこに神幸すべし」と神人に告げ、お告げの通りに瑞光が現れ、御神幸が為されたのが起源とされています。なお現在粟田祭は毎年10月に行われています。
粟田神社は古代の豪族・粟田氏が氏神として祀ったのが起源と言われています。また粟田神社は876年(貞観18年)清和天皇が兵火や疫病への勅願を発し、勅使・藤原興世が八坂神社で祈願した際、大己貴命(おおなむちのみこと)の神託により、八坂神社の祭神・素戔鳴尊(牛頭天王)に縁がある現在の場所に造営されたとも言われています。

【祇園祭歴史・由来 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
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