長刀鉾稚児とは神の使い(歴代長刀鉾稚児)

長刀鉾

長刀鉾稚児

長刀鉾稚児とは神の使いで、現在唯一の生稚児です。稚児は四条麩屋町に張られた注連縄を太刀で切り、神域との結界を開放し、山鉾が進んでいきます。また稚児は山鉾巡行中に太平の舞を披露し、山鉾巡行のコースを清め祓い、疫病の退散を祈願します。(祇園祭長刀鉾稚児の費用・選び方などは掲載しておりません。)

【祇園祭 日程】
祇園祭は7月1日の吉符入(きっぷいり) から31日の疫神社(えきじんじゃ)の夏越祭(なごしさい)までの1ヶ月に渡って行われます。
祇園祭2023日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)

【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟り(たたり)であるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れ(けがれ)を祓い(はらい)、薬師如来(やくしにょらい)の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散(びょうまたいさん)を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から例年6月14日に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)

【長刀鉾】
長刀鉾(なぎなたほこ・なぎなたぼこ)は室町時代中期の1441年(嘉吉元年)またはそれ以前に創建されたと言われています。また長刀鉾は鎌倉時代前期の1225年(嘉禄元年)に八坂神社(祇園社)に寄進された長刀を鉾頭に掲げて創建されたとも言われています。長刀鉾は現在存在する祇園祭の全山鉾の中で最古の山鉾と言われています。室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))前の山鉾と地名を記した「祗園社記(ぎおんしゃき)」第15(八坂神社記録)には「長刀ほく(四条東洞院烏丸間)」と記されています。長刀鉾の名称は山鉾の先端である鉾頭に疫病邪悪(えきびょうじゃあく)を祓う大長刀(おおなぎなた)を付けていることに由来しています。鉾頭にはかつて三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)が造った長刀、戦国時代(室町時代後期)の1522年(大永2年)に三条長吉(さんじょうながよし)が造った長刀、江戸時代前期の1675年(延宝3年)に和泉守来金道(いずみのかみらいきんみち)が造った長刀が使われていたが、現在は木に銀箔を張ったレプリカが使われています。なお長刀鉾では長刀の刃先が京都御所・八坂神社には向かないように南向きに取り付けています。
長刀鉾(ちまき販売・ご利益・マップ・・・)

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【稚児・禿】
長刀鉾稚児は祇園祭に先立って、例年6月上旬頃に10歳前後の男子が家来役の禿(かむろ)の男子2名とともに選ばれます。かつては長刀鉾町内から選ばれていたが、最近は京都市内から選ばれているそうです。稚児は本人の資性・気品・健康状態を考慮して、できるだけ長刀鉾町の関係者から選べれているそうです。6月の大安の日に八坂神社から神職を迎え、長刀鉾町と養子縁組の結納(ゆいのう)を交わす結納の儀を行います。結納の儀では長刀鉾町から結納金や扇子(せんす)などの結納品が贈られています。なお長刀鉾ではかつて稚児当番として、町内で順番に稚児を出していました。長刀鉾町にはかつて50軒余りの家があり、約50年に1度家から稚児を出していたそうです。ただ該当する男の子がいない場合、親戚などから雇い稚児をしていたそうです。稚児や稚児を出した家は江戸時代に長刀鉾町の誇りとされていたそうです。
長刀鉾稚児発表

【生稚児】
長刀鉾稚児は現在祇園祭の鉾(大型)の中で唯一の生稚児(いきちご)です。祇園祭ではかつて船鉾(ふねほこ)・大船鉾(おおふねほこ)以外の鉾には生身の子供である生稚児が搭乗していました。しかし江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で被災した函谷鉾(かんこほこ)が1839年(天保10年)に再興された際、稚児の代わりに稚児人形・嘉多丸(かたまる)を使うようになってからは他の鉾も徐々に人形に代わり、1929年(昭和4年)に放下鉾(ほうかほこ)が稚児人形・三光丸(さんこうまる)に代わって以来、長刀鉾だけになりました。ちなみに綾傘鉾(あやがさほこ)では6人の稚児が鉾の先導役を勤めるが、それらの子供は鉾稚児と言われるそうです。なお鶏鉾(にわとりほこ)の稚児人形(名称不詳)は江戸時代後期の1863年(文久3年)に制作されました。菊水鉾(きくすいほこ)の稚児人形・菊丸は能楽・菊慈童(きくじどう)の舞姿をしています。月鉾(つきほこ)の稚児人形・於兎丸(おとまる)は五代目・伊東久重(いとうひさしげ)作が制作しました。
祇園祭稚児(長刀鉾稚児・・・)

【神の使い】
長刀鉾稚児は祇園祭山鉾巡行(前祭)に先立って、例年7月13日に長刀鉾稚児社参(お位もらい)を行い、正五位少将・十万石大名の位を授かります。社参後は神の使いとされ、公の場では地面に足をつけることが許されず、男性強力(ごうりき)の肩に担がれて移動します。ちなみにお位もらいは高い長刀鉾の上から貴人などを見下ろしても不遜にならないようにする為と言われています。なお例年7月1日に長刀鉾お千度も行い、神事(祇園祭)の無事を祈願します。長刀鉾お千度の際、本殿を時計回りに3周するが、役員は素手で手をつなぐことは許されず、白い布越しに手をつないで本殿を3周します。なお稚児は長刀鉾稚児社参の際、白馬にまたがり、2人の禿とともに八坂神社に向かいます。日本では神輿の登場以前、神座の移動に馬が必須と考えられ、第10代・崇神天皇(すじんてんのう)の時代(紀元前97年~紀元前30年)から神事に馬が献上されるようになり、やがて絵馬を奉納するように変遷しました。神が騎乗する神馬が神聖視され、白馬が特に重んじられました。
祇園祭長刀鉾稚児社参

【稚児の生活】
長刀鉾稚児は結納の儀が行われると自宅には八坂神社の祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)=牛頭天王(ごずてんのう)を祀る祭壇が設けられ、穢れないように清祓の儀が行われます。自宅では当主が毎朝祭壇にお供えを欠かさないよう務めます。なお7月13日に長刀鉾稚児社参が行われ、正五位少将・十万石大名の位を授かれると精進潔斎(しょうじんけっさい)の生活に入ります。女人禁制のしきたりに従い、食事は母親などの女性が用意することは許されず、父親が他の人とは別の火を使って用意します。また食事中、女性と同席することもできません。なお祇園祭に関わることは男性の役員が世話をします。ちなみに長刀鉾では現在も女性は搭乗することができません。
祇園祭長刀鉾稚児・禿

【注連縄切り】
長刀鉾稚児は四条麩屋町に張られた注連縄(しめなわ)を太刀で切り、神域との結界を開放し、祇園祭山鉾巡行(前祭)の山鉾が進んでいきます。注連縄切りは太平の舞を披露した後に行います。なお注連縄が張られる斎竹は7月15日の早朝に高橋町の奉仕によって建てられ、注連縄は祇園祭山鉾巡行(前祭)の直前に張られます。なお長刀鉾では注連縄切りに先立って、竹光で試したり、本番で使用する日本刀と模擬の縄を使って練習が行われています。
長刀鉾稚児注連縄切り

【太平の舞】
長刀鉾稚児は祇園祭山鉾巡行(前祭)中に太平の舞を披露し、山鉾巡行のコースを清め祓い、疫病の退散を祈願します。太平の舞は注連縄切りの際や長刀鉾の巡行中に町名が変わる度に披露されます。太平の舞は7月5日に先ず長刀鉾町の関係者に披露し、その後町会所の2階の窓を長刀鉾に見立てて、一般に披露します。足は父親などが支え、稚児係が後ろからサポートし、二人羽織のように行います。ちなみに放下鉾の稚児人形・三光丸(さんこうまる)は太平の舞を披露できるように作られています。
祇園祭長刀鉾稚児舞(太平の舞)披露

【稚児餅】
長刀鉾稚児は7月13日の長刀鉾稚児社参が終わると八坂神社の境内にある中村楼に立ち寄り、稚児餅を献上されます。稚児餅を食べると夏痩せせず、疫病除けのご利益があると言われています。なお稚児餅は7月14日から31日まで一般人も購入することができます。
中村楼(二軒茶屋)稚児餅

【歴代長刀鉾稚児・禿】
左側が稚児、その右側が禿です。
2022年・・・岡本君(小5)、岡本君(小4)村山君(中1)
2021年・・・選ばれず
2020年・・・選ばれず
2019年・・・中西君(小4)、杉本君(小5)竹内君(小4)
2018年・・・小林君(小3)、大岩君(小3)伊東君(小3)
2017年・・・林君(小4)、桐原君(小4)小嶋君(小4)
2016年・・・粂田君(小5)、粂田君(小4)森君(小2)
2015年・・・内藤君(小5)、山代君(小2)原君(小1)
2014年・・・平井君(小4)、石田君(小5)井上君(小5)
2013年・・・白井君(小4)、山代君(小4)宇野君(小3)
2012年・・・福井君(小4)、安藤君(小3)福井君(小2)
2011年・・・白井君(小5)、野村君(小5)白井君(小2)
2010年・・・徳力君(小5)、井尻君(小5)本田君(小3)
2009年・・・今西君(小3)、宮下君(小4)深田君(小4)
2008年・・・岡澤君(小4)、乾君(小5)植村君(小3)
2007年・・・岡君(小3)、浅見君(小3)森田君(小3)

【祇園祭長刀鉾稚児 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
祇園祭2023日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

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