芬陀院(アクセス・見どころ・・・)東福寺

芬陀院
芬陀院(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。芬陀院には室町時代の水墨画家・雪舟が作庭したと言われている枯山水庭園(方丈の南庭・東庭)があり、雪舟寺と言われています。また芬陀院は「茶関白」と言われていた一条恵観ゆかりの茶室・図南亭(となんてい)と遺愛の勾玉(まがたま)の手水鉢が残されています。
【芬陀院 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区本町15丁目803
最寄り駅・バス停・・・東福寺(徒歩約10分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から芬陀院は208系統(D2乗り場)
*四条河原町からは207系統
*四条烏丸町からは207系統
*河原町丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック
*JR奈良線の場合、最寄り駅は東福寺駅(徒歩約10分)
*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は東福寺駅(徒歩約10分)
【芬陀院 拝観時間・時間(要確認)】
9:00~17:00(4/1/1~11/30)
9:00~16:00(12/1~3/31)
【芬陀院 拝観料金・料金(要確認)】
大人・大学生・高校生300円、中学生・小人200円、6歳以下無料
【芬陀院 歴史・簡単概要】
芬陀院(ふんだいん)・雪舟寺(せっしゅうじ)は鎌倉時代(1185年~1333年)後期の元亨年間(1321年~1323年)に関白・一条内経(いちじょううちつね)が東福寺(とうふくじ)開山である聖一国師(しょういちこくし)・円爾(えんに)の法孫で、東福寺27世・定山祖禅(じょうざんそぜん)を開山として創建したとも言われています。また芬陀院は元亨年間に関白・一条経通(いちじょうつねみち)が父・一条内経の為に定山祖禅を開山として創建したとも言われています。創建以来、摂関家・一条家の菩提寺(ぼだいじ)になりました。芬陀院の院名は一条内経の法号「芬陀利華院(ふんだりかいん)」に由来しています。室町時代中期に画聖・雪舟が枯山水庭園を作庭したと言われています。雪舟は太政大臣・一条兼良(いちじょうかねよし)から「亀の画」の依頼されたが、絵ではなく、石組で亀島を主体とした枯山水庭園を作庭しました。江戸時代(1336年~1573年)中期の1691年(元禄4年)に火災で焼失しました。元禄年間(1688年~1704年)に公卿・一条兼輝(いちじょうかねてる)が再興しました。1755年(宝暦5年)に火災で焼失しました。1778年(安永7年)に第116代・桃園天皇(ももぞのてんのう)の皇后で、第118代・後桃園天皇(ごももぞのてんのう)の母・恭礼門院(きょうらいもんいん・一条富子(いちじょうとみこ))の旧殿を移築して再建されました。1899年(明治32年)に書院が改築されました。明治時代に第122代・明治天皇(めいじてんのう)の皇后・昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう・一条美子(いちじょうはるこ))からの御内帑金(ないどきん)で建物が改築されました。1939年(昭和14年)に庭園史研究家で、作庭家・重森三玲(しがもりみれい)が庭園を復元しました。1969年(昭和44年)に茶道に造詣の深かった一条昭良(いちじょうあきよし・恵観)の三百年忌に茶室「図南亭(となんてい)」が再建されました。
芬陀院は臨済宗東福寺派大本山・東福寺の塔頭です。
*参考・・・芬陀院(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)wikipedia
【芬陀院 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
芬陀院の見どころは雪舟が作庭したという方丈の南庭と東庭です。ただ雪舟が作庭したという史料は残っていないそうだ。
【芬陀院 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・+81-75-541-1761
【芬陀院 備考(アクセス・御朱印・駐車場・・・)】
京都紅葉名所・東福寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報・東福寺見どころ(三門・通天橋など)
【芬陀院 おすすめ散策ルート】
芬陀院からのおすすめ散策ルートは北側にあるJRの線路を越え、三十三間堂に向かうルートです。20分ほど散策すれば、東山の自然を感じながら三十三間堂に行くことができ、京都観光・旅行を楽しむことができます。なお三十三間堂周辺には妙法院・方広寺・豊国神社・智積院・養源院・国立博物館などもあり、三十三間堂だけでなく、それら一緒に散策するのもいいかもしれません。

















