東本願寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

東本願寺(Higashi-Hongan-ji Temple)

東本願寺の国宝・重要文化財などの見どころ解説

東本願寺の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには親鸞聖人坐像を祀る御影堂(重要文化財)、東本願寺の本堂である阿弥陀堂(重要文化財)、京都三大門に数えられる御影堂門(重要文化財)などがあります。また枳殻邸・菊の門・玄関門なども見逃せません。

【親鸞聖人坐像を安置する御影堂(重要文化財)の見どころ解説】

★御影堂は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。御影堂は木造建築として世界最大とも言われています。御影堂は内陣・外陣・参拝席に分かれ、内陣に本間・十字の間・九字の間・飛檐(ひえん)の間・六軸の間・新六軸の間・御簾(みす)の間があります。本間の須弥壇(しゅみだん)に御真影(宗祖・親鸞聖人(しんらんしょうにん)坐像)を安置しています。また十字の間に「帰命尽十方無碍光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」、九字の間に「南無不可思議光如来(なむふかしぎこうにょらい)」の九字名号を祀っています。
★御影堂の歴史は1864年(元治元年)に禁門の変で焼失し、1895年(明治28年)に再建されました。なお御影堂は第122代・明治天皇(めいじてんのう)から親鸞聖人に「見真大師」の大師諡号が贈られたことから大師堂とも言われていました。
★御影堂の建築様式は和様(わよう)の道場形式、屋根が入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)で、二層に見えるもこし(裳階)付きです。瓦が175,967枚も使われていました。御影堂は南北約76メートル・東西約58メートル・高さ約38メートルです。
★例年12月20日にお煤払い(おすすはらい)が行われ、割り竹での畳を叩き、約2メートルの大うちわで埃(ほこり)を外に出します。お煤払いは新年を迎える為の迎春行事です。

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【東本願寺の本堂である阿弥陀堂(重要文化財)の見どころ解説】

★阿弥陀堂は御影堂に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。阿弥陀堂は東本願寺の本堂だが、御影堂と比べると床面積が半分以下です。阿弥陀堂は内陣・外陣・参拝席に分かれ、内陣本間の須弥壇に本尊・阿弥陀如来(あみだにょらい)立像を安置しています。また右側に聖徳太子(しょうとくたいし)御影の絵像、左側に源空上人(げんくうしょうにん)御影の絵像、北余間に龍樹大士(りゅうじゅだいし)御影・天親菩薩(てんじんぼさつ)御影・曇鸞和尚(どんらんおしょう)御影の絵像、南余間に道綽禅師(どうしゃくぜんじ)御影・善導大師(ぜんどうだいし)御影・源信僧都(げんしんそうず)御影の絵像を祀っています。
★阿弥陀堂の歴史は1895年(明治28年)に再建されました。
★阿弥陀堂の建築様式は禅宗様(ぜんしゅうよう)を取り入れた仏堂で、屋根が入母屋造の本瓦葺です。阿弥陀堂は南北約52メートル・東西約47メートル・高さ約29メートルです。

【大寝殿(登録有形文化財)・大玄関(登録有形文化財)の見どころ解説】

★大寝殿は江戸時代末期に江戸幕府15代将軍・徳川慶喜(とくがわよしのぶ)の宿所に充てられました。大寝殿には竹内栖鳳(たけうちせいほう)が描いた障壁画が飾られています。
★大寝殿の歴史は1868年(明治元年)に建立されました。大玄関は1867年(慶応3年)に建立されました。大玄関は境内最古の建物です。
★大寝殿・大玄関の建築様式は屋根が瓦葺です。

【京都三大門に数えられる御影堂門(重要文化財)の見どころ解説】

★御影堂門は見逃せません。御影堂門は高さ約28メートルで、知恩院(ちおんいん)の山門・南禅寺(なんぜんじ)の山門とともに京都三大門とも言われています。御影堂門は上層に釈迦如来(しゃかにょらい)像を中心に弥勒菩薩(みろくぼさつ)像・阿難尊者(あなんそんじゃ)像を安置しています。扁額(へんがく)「真宗本廟」も掛けられています。
★御影堂門の歴史は1911年(明治44年)に再建されました。
★御影堂門の建築様式は三門形式の二重門(にじゅうもん)で、屋根が入母屋造の本瓦葺です。

【唐門として建立された阿弥陀堂門(重要文化財)の見どころ解説】

★阿弥陀堂門は段差の無いバリアフリーになっています。阿弥陀堂門では門扉が江戸時代末期の火災で焼失を免れたと言われています。
★阿弥陀堂門の歴史は1911年(明治44年)に再建されました。なお阿弥陀堂門は江戸時代(1603年~1868年)中期頃に唐門として建立されました。
★阿弥陀堂門の建築様式は四脚門(しきゃくもん)で、屋根が切妻造(きりづまづくり)の檜皮葺です。

【菊の紋がある菊の門(登録有形文化財)の見どころ解説】

★菊の門(勅使門)は黒漆塗りで、極彩色の文様が施されています。菊の門は門扉に菊の紋があることから菊の門と言われています。また勅使門とも言われています。
★菊の門の歴史は1911年(明治44年)に宗祖650年遠忌事業として再建されました。
★菊の門の建築様式は四脚門で、屋根が前後唐破風(からはふ)、左右切妻造の檜皮葺です。

【市田辰蔵によって建立された玄関門(登録有形文化財)の見どころ解説】

★玄関門は棟梁・市田辰蔵(いちだたつぞう)によって建立されました。
★玄関門の歴史は1911年(明治44年)に再建されました。
★玄関門の建築様式は薬医門(やくいもん)で、屋根が瓦葺です。

【2010年に鋳造された梵鐘を釣る鐘楼(重要文化財)の見どころ解説】

★鐘楼は2010年(平成22年)に鋳造された梵鐘を釣っています。
★鐘楼の歴史は1894年(明治27年)に建立されました。
★鐘楼の建築様式は総欅造(そうけやきづくり)で、屋根が入母屋造の檜皮葺です。

【境内などを囲む築地塀(登録有形文化財)の見どころ解説】

★築地塀には御影堂門北側築地塀・御影堂門南側築地塀・阿弥陀堂門南側築地塀・菊の門北側築地塀・玄関門北側築地塀があります。

【枳殻邸とも言われる渉成園(名勝)の見どころ解説】

★渉成園は修学旅行・観光で見る価値があります。渉成園は東本願寺東側にある飛地境内で、約200メートル四方のほぼ正方形の池泉回遊式庭園です。様々な植物が植えられ、春に梅・桜、夏に菖蒲・睡蓮、秋に紅葉など四季折々に美しい光景を眺めることができます。渉成園の景観は「十三勝」や「十景」と言われています。なお渉成園の名称は中国の詩人・陶淵明(とうえんめい)の「園日渉而成趣」の詞に由来しています。渉成園は枳殻邸(きこくてい)とも言われています。
★渉成園の歴史は1641年(寛永18年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が寄進し、1653年(承応2年)に本願寺13代・宣如(せんにょしょ)の願いによって石川丈山(いしかわじょうざん)が作庭しました。なお渉成園は9世紀末(平安時代(794年~1185年)前期)に第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の皇子で、光源氏(ひかるげんじ)のモデルと言われている左大臣・源融(みなもとのとおる)の別荘・六条河原院(塩竃第)があった場所です。

【飛地境内である大谷祖廟(東大谷)の見どころ解説】

★大谷祖廟(おおたにそびょう)・東大谷(ひがしおおたに)は東本願寺の飛地境内です。大谷祖廟は浄土真宗の開祖・親鸞聖人(しんらんしょうにん)の墓所です。
★大谷祖廟の歴史は1602年(慶長7年)の西本願寺(本願寺)との分派に伴い、1670年(寛文10年)に現在の場所に移りました。

【東本願寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・京都・東本願寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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