上賀茂神社賀茂競馬足汰式2025年5月1日(葵祭前儀)
上賀茂神社賀茂競馬足汰式
上賀茂神社賀茂競馬足汰式(日程・時間・・・)を紹介しています。賀茂競馬足汰式は例年5月1日に行われています。賀茂競馬足汰式は賀茂競馬に先だって、毛付けの儀・素駆・競馳により、賀茂競馬で馬の走る組み合わせや順番を決めます。騎手と馬の組み合わせは4月下旬のくじ取りで決まります。(詳細下記参照)
★葵祭2025の最新情報
【上賀茂神社賀茂競馬足汰式2025 日程時間(要確認)】
上賀茂神社賀茂競馬足汰式2025は2025年(令和7年)5月1日(木曜日)13:00頃から行われます。なお12:30頃から神事が行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・上賀茂神社ホームページ
★葵祭の行事日程を確認できます。(下記リンク参照)
葵祭2025日程(時代行列・流鏑馬神事・・・)
【上賀茂神社賀茂競馬足汰式 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市北区上賀茂岡本町
最寄り駅・バス停・・・上賀茂神社前(徒歩約15分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは4系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、46系統
*四条烏丸からは46系統
*河原町丸太町からは4系統
路線・時刻表・運賃チェック
*地下鉄烏丸線の場合、最寄り駅は北山駅(徒歩約15分)
【上賀茂神社賀茂競馬足汰式 簡単概要】
上賀茂神社賀茂競馬足汰式(かもくらべうまあしそろえしき)は葵祭(あおいまつり)の前儀として、例年5月5日に行われる賀茂競馬(かもくらべうま)に先だって行われます。賀茂競馬足汰式は賀茂競馬で馬の走る組み合わせや順番を決めます。なお賀茂競馬は平安時代後期の1093年(寛治7年)に第73代・堀河天皇(ほりかわてんのう)が天下太平(てんかたいへい)と五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈願する宮中行事を上賀茂神社に移したものです。
上賀茂神社賀茂競馬
賀茂競馬足汰式では先ず神事を行い、摂社・山口神社(やまぐちじんじゃ)の前を流れる沢田川(さわだがわ)で騎手(きしゅ・乗尻(のりじり))の鞭(むち)を清め、その後ならの小川で馬の足や騎手の足袋(たび)などを清める足洗いの儀が行われます。次に外幣殿(げへいでん)で神職・所司代・目代・奉行・後見などの諸役が馬の毛色・歯から馬齢や健康状態を確認する毛付けの儀が行われます。そして賀茂競馬足汰式では一ノ鳥居から二ノ鳥居までの間を1頭ずつ馬を走らせる素駆(すがけ)が行われ、馬の速さや騎手の技量(馬上姿勢・鞭の指し方等)などを確認します。素駆では騎手が外幣殿に鞭を3回指す規定の演技を行ないます。素駆が終わると2頭ずつ馬を走らせる組み合わせや順番を決める番立(ばんだて)が行われ、その後賀茂競馬と同じように2頭ずつ馬を走らせる競馳(きょうち)が行われます。ただ賀茂競馬足汰式では勝敗は決めません。ちなみに大差がついた場合には入れ替えが行われます。なお騎手と馬の組み合わせは4月下旬のくじ取りで決まります。くじには荘園(神領)の名前が記され、荘園の名称がついた馬に騎乗します。
●賀茂競馬では馬が2頭ずつ左方の赤と右方の黒に分かれて競馬が行われます。(番数が変更される場合あり。)賀茂競馬では1馬身ほどの差をつけてスタートし、その差が広がれば前の馬の勝ち、縮まれば後ろの馬の勝ちになります。
●賀茂競馬足汰式では騎手(乗尻)の装束が賀茂競馬の時と異なります。騎手(乗尻)には賀茂社の社家の末裔しかなれないそうです。なお賀茂氏は初代・神武天皇の東征の際に先導した八咫烏として尊称される賀茂武角命の後裔として、賀茂県主姓を賜り、山城一円を治めました。
●馬には第一の荘園・美作国倭文庄(みまさかのくにしどりのしょう)、第二の荘園・加賀国金津庄(かがのくにかねづのしょう)、播磨国安志庄(はりまのくにあんじのしょう)などのかつて上賀茂神社の荘園(神領)の名前が付けられます。
葵祭見どころ
【葵祭 歴史・簡単概要】
葵祭は第29代・欽明天皇の時代(539年~571年)に全国が風水害に見舞われて飢餓・疫病が流行し、卜部伊吉若日子に占わせられたところ賀茂大神の祟りであるとした為、4月吉日を選んで、馬に鈴を懸け、人は猪頭を被り、駆競して、盛大に祭りを行ったことが起源とも言われています。なお葵祭は正式名称を賀茂祭と言うが、賀茂祭は祭儀に関わる人や牛車に至るまで二葉葵を桂の小枝に挿し飾ることから江戸時代以降に葵祭と言われるようになりました。
葵祭歴史年表
【上賀茂神社賀茂競馬足汰式 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
葵祭2025日程(路頭の儀・前儀・後儀・・・)