金地院見どころ・簡単まとめ(本堂・・・)

金地院

金地院見どころ

金地院見どころ・簡単まとめ情報です。金地院見どころ・本堂(重要文化財)は関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が築城した伏見城の遺構で、1611年(慶長16年)に金地院崇伝(こんちいんすうでん)が江戸幕府3代将軍・徳川家光から賜って移したとも、1626年(寛永3年)に新造されたとも言われています。

【金地院見どころ(見所) 基礎知識】
金地院(こんちいん)は応永年間に室町幕府4代将軍・足利義持(あしかがよしもち)が洛北鷹ケ峯に創建したのが起源です。その後1605年(慶長10年)に臨済宗の僧で、「黒衣の宰相(こくえのさいしょう)」と言われた江戸幕府の参与・金地院崇伝(こんちいんすうでん)・以心崇伝(いしんすうでん)が現在の場所に移しました。なお1610年(慶長15年)に駿府城内に駿府金地院、1619年(元和5年)に江戸城北ノ丸付近に江戸金地院がそれぞれ置かれました。
*参考・・・金地院wikipedia

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【金地院 本堂】★★★必見修学旅行・金地院見どころ
本堂(方丈)は重要文化財です。本堂は関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が築城した伏見城の遺構で、1611年(慶長16年)に金地院崇伝が江戸幕府3代将軍・徳川家光から賜って移したとも、1626年(寛永3年)に新造されたとも言われています。なお本堂はこけら葺の入母屋造です。
(金地院 本堂ポイント)
●本堂には絵師・狩野探幽や狩野尚信が描いた襖絵があります。また山岡鉄舟が書いた「布金道場」が正面に掲げられています。

【金地院 八窓席】★★必見修学旅行・金地院見どころ
茶室・八窓席は重要文化財です。茶室は本堂の北にある小書院にあります。茶室は金地院崇伝が小堀遠州に設計を依頼し、建てられたと考えられていたが、1950年(昭和25年)の解体修理により、小堀遠州が織田有楽斎好みの茶室を改修したことが分かりました。茶室は1628年(寛永5年)までには完成しました。なお茶室はこけら・桟瓦葺です。
(金地院 茶室ポイント)
●茶室は大徳寺の塔頭・孤篷庵の茶室・忘筌と曼殊院の茶室・八窓軒と合わせて、京都三名席と言われています。

【金地院 東照宮】★★必見修学旅行・金地院見どころ
東照宮は重要文化財です。東照宮には本殿・拝殿・石の間があります。拝殿の天井には絵師・狩野探幽が描いた「鳴龍」があります。東照宮は1628年(寛永5年)に造営されました。なお東照宮は京都唯一の権現造様式です。
(金地院 東照宮ポイント)
●東照宮は金地院崇伝が江戸幕府初代将軍・徳川家康の遺言により、家康の遺髪と念持仏を祀りました。

【金地院 鳴龍】
鳴龍は東照宮の天井にあります。鳴龍は絵師・狩野孝信(かのうたかのぶ)の子である絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描きました。

【金地院 開山堂】
開山堂は金地院崇伝・以心崇伝の塔所です。開山堂は十六羅漢像を安置し、第108代・後水尾天皇の勅額を掲げています。

【金地院 明智門】★必見修学旅行・金地院見どころ
明智門は1887年(明治19年)に大徳寺(だいとくじ)から移しました。金地院のかつての唐門は豊国神社(とよくにじんじゃ)に移されたことから大徳寺から買い取りました。明智門は1582年(天正10年)に明智光秀が母の菩提を弔う為に銀を寄進して大徳寺に建立されました。

【金地院 門】
門には明智門以外に一般の表門・大門・貴人用の御成門(おなりもん)・東照宮に通じる御透門(すきもんもん)・東照宮の玄関門である楼門があります。ちなみに楼門には東照宮の扁額が掲げられ、2体の木造が安置されています。木造は江戸幕府初代将軍・徳川家康と金地院崇伝の木造とも言われているそうです。

【金地院 庭園】★★必見修学旅行・金地院見どころ
庭園・鶴亀の庭は特別名勝です。庭園は本殿から見て右手に鶴・左手に亀が配されています。庭園は1629年(寛永6年)に金地院崇伝が江戸幕府3代将軍・徳川家光の為に造り、1632年(寛永9年)に完成しました。庭園は蓬莱式枯山水庭園で、小堀遠州が作庭しました。

【金地院 南禅寺】★必見修学旅行・金地院見どころ
金地院は南禅寺の塔頭です。南禅寺は後嵯峨天皇が営んだ離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)があった場所で、1291年(正応4年)に亀山法皇が無関普門(むかんふもん)を開山として離宮を寺院に改めました。
南禅寺

【金地院見どころ(見所) 備考】
金地院基本情報

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