舞鶴公園(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)
舞鶴公園
舞鶴公園(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。舞鶴公園が整備された田辺城(田辺城跡)は戦国時代に細川幽斎・忠興親子が築城し、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いの前哨戦である田辺城攻防戦では幽斎が隠居していた宮津城を焼き払った後に入城し、西軍・石田三成方の兵約1万5千に包囲されながら約2か月間に籠城しました。
【舞鶴公園 アクセス・マップ】
場所・・・京都府舞鶴市字南田辺地内
最寄り駅・バス停・・・西舞鶴駅(徒歩約7分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR舞鶴線・京都丹後鉄道宮舞線
【舞鶴公園 拝観時間・時間(要確認)】
自由
田辺城資料館・・・9:00~17:00
田辺城資料館は月曜日・祝日の翌日・年末年始が休館
【舞鶴公園 拝観料金・料金(要確認)】
無料
【舞鶴公園 歴史・簡単概要】
舞鶴公園(まいづるこうえん)は戦国時代に細川幽斎(藤孝)・忠興親子が築城した田辺城(舞鶴城)跡に整備された公園です。ちなみに田辺城は鎌倉幕府・室町幕府の八田守護所(丹後守護所)の後身とも言われ、1578年(天正6年)に幽斎が織田信長の命によって守護大名・一色義道を滅ぼし、京都への交通の要所である旧丹後守護所に築城しました。その後幽斎は隠居して宮津城に移り、子・忠興が田辺城に入城しました。舞鶴公園には歴代城主や田辺城の歴史を紹介する資料館・自由広場・児童広場・彰古館などの施設があり、古今伝授の松や桜が植えられています。ちなみに古今伝授(古今伝受)は勅撰和歌集・古今和歌集の解釈を師から弟子に秘伝として伝えるもので、幽斎が古今伝授を伝える唯一の人物だったとも言われ、田辺城攻防戦の際には幽斎が二ノ丸の老松の下で勅使に「古今和歌集相伝文書」を渡したと言われています。
*参考・・・舞鶴公園(アクセス・歴史・・・)
【舞鶴公園 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
舞鶴公園の見どころは約100本の桜です。桜は例年4月上旬頃から4月中旬頃に見頃を迎え、ぼんぼりでライトアップされるそうです。(要確認)
*京都には多くの桜名所があり、その桜見ごろを下記リンクから確認できます。
京都桜見ごろ2025(清水寺・哲学の道・原谷苑・・・)
【舞鶴公園 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・0773-76-7211(田辺城資料館)
【舞鶴公園 備考(アクセス・御朱印・駐車場・・・)】
【舞鶴公園 おすすめ散策ルート】
舞鶴公園からのおすすめ散策ルートは舞鶴公園・田辺城資料館周辺の散策路を散策することです。20分ほど散策すれば、舞鶴公園・田辺城資料館周辺を回ることができ、京都観光・旅行を楽しむことができます。なお舞鶴公園周辺には観光スポットがあまり多くない為、次の観光スポットに向かい、その周辺を散策した方がいいかもしれません。