真如堂大涅槃図特別公開2025年3月1日~4月6日(涅槃会)

真如堂大涅槃図特別公開(日程・アクセス・概要)
真如堂大涅槃図特別公開(日程時間など)を紹介しています。大涅槃図特別公開は例年3月1日から31日に行われています。大涅槃図特別公開では縦約6.2メートル・横約4.5メートルで、描かれた動物の種類が日本最多の127種類と言われる大涅槃図が特別公開されます。なお3月15日に涅槃会が行われます。(詳細下記参照)
【真如堂大涅槃図特別公開2025 日程時間(要確認)】
真如堂大涅槃図特別公開2025は2025年(令和7年)3月1日(土曜日)~4月6日(日曜日)9:00~16:00に行われます。なお3月15日に涅槃会が行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・真如堂ホームページ
【真如堂大涅槃図特別公開 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区浄土寺真如町82
最寄り駅・バス停・・・真如堂前(徒歩約8分)、錦林車庫前(徒歩約8分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から真如堂は5系統(A1乗り場)
*四条河原町からは5系統、32系統、203系統
*四条烏丸からは5系統、203系統
*河原町丸太町からは204系統
路線・時刻表・運賃チェック
【真如堂大涅槃図特別公開 歴史・簡単概要】
真如堂大涅槃図特別公開(だいねはんずとくべつこうかい)は例年3月1日から31日に行われています。なお3月15日にお釈迦様の遺徳追慕と報恩の為に涅槃会(ねはんえ)が行われます。涅槃会(ねはんえ)に参拝すると無病息災のご利益がある京菓子・花供曽(はなくそ)が授与されます。(要確認)花供祖は元々正月に本尊・阿弥陀如来(あみだにょらい)に供えた鏡餅(かがみもち)を小さく刻んで焼いたのが起源と言われています。
大涅槃図特別公開では縦約6.2メートル・横約4.5メートルで、描かれた動物の種類が日本最多の127種類と言われる大涅槃図が掲げられます。大涅槃図は1709年(宝永6年)に浄土宗(じょうどしゅう)の画僧・厭求(えんぐ)と絵師・海北友賢(かいほくゆうけ)が描いたとも言われています。大涅槃図は2009年(平成21年)から約2年を掛けて修復されました。
涅槃会は今から約2,500年前に80歳で入滅(にゅうめつ)したお釈迦様の遺徳追慕と報恩の為に行われる法要です。法要ではお釈迦様が娑羅双樹の下で、頭を北にして西を向き、右脇を下にした姿で横たわり、十大弟子から獣畜・虫類までが嘆き悲しむ様子を描いた涅槃図が掲げられます。涅槃会はお釈迦様が入滅した日が陰暦の2月15日ということから新暦の2月15日や3月15日を中心に行われています。なお涅槃会はお釈迦様が生まれたことを祝う灌仏会(かんぶつえ)とお釈迦様が悟りを開いたこと喜ぶ成道会(じょうどうえ)とともに釈迦の三大法会と言われています。
涅槃は燃えさかる煩悩の火を滅し、迷いがなくなった悟りの境地を言うそうです。かつてはお釈迦様が35才で悟りを開いた境地を涅槃、入滅した時を大般涅槃(だいはつねはん)と言って区別していたそうだが、その後入滅した時を単に涅槃と言うようになったそうです。なお涅槃はサンスクリット語の「ニルヴァーナ(吹き消した状態)」を訳したものだそうです。
お釈迦様(釈迦牟尼 ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖で、世界四聖の一人です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦様は約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦様は生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。お釈迦様の遺骸は火葬され、遺骨は各地の舎利塔(仏塔)に分けて祀られたそうです。
【真如堂 歴史・簡単概要】
真如堂(しんにょどう)・真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)は984年(永観2年)に比叡山の僧・戒算上人(かいさんしょうにん)が夢告により、比叡山・常行堂の本尊・阿弥陀如来(第3代天台座主の慈覚大師・円仁作)を第64代・円融天皇の女御で、第66代・一条天皇の生母である藤原詮子(東三条院)の女院離宮があった現在の場所に安置したのが起源と言われています。真如堂は一条天皇の勅願寺となり、不断念仏の道場として、浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)や浄土真宗の開祖・親鸞聖人(しんらんしょうにん)などの念仏行者や民衆から信仰されました。特に女性から深く信仰されたそうです。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火や度重なる火災によって焼失したり、足利将軍家や関白・豊臣秀吉の命によって度々移ったりしたが、1693年(元禄6年)に第113代・東山天皇の勅により、現在の場所に再建されました。
真如堂は天台宗の寺院です。
*参考・・・真如堂(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【真如堂大涅槃図特別公開 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
真如堂(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
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