園部城跡(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)

園部城跡

園部城跡(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。園部城跡では1869年(明治2年)に巽櫓・櫓門・番所などが新築・完成し、日本の城郭史の中で最期の建築物とも言われています。ちなみに巽櫓・櫓門・番所は2017年(平成29年)に京都府の暫定登録文化財に登録されています。

【園部城跡 アクセス・マップ】
場所・・・京都府南丹市園部町小桜町
最寄り駅・バス停・・・園部駅

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR山陰本線

【園部城跡 拝観時間・時間(要確認)】

【園部城跡 拝観料金・料金(要確認)】

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【園部城跡 歴史・簡単概要】
園部城跡(そのべじょうせき)・園部陣屋跡(そのべじんやあと)は江戸時代前期の1619年(元和5年)に但馬国出石城から移封された外様大名で、丹波国園部藩初代藩主・小出吉親(こいでよしちか)が標高約174メートルの小麦山(こむぎやま・子向山)東麓の台地に築城を開始し、2年後に完成した園部城・園部陣屋の跡地です。園部城は江戸幕府の指示によって櫓の造営が認められず、当初天守閣が造営されなかったことから園部陣屋とも言われていたが、1868年(慶応4年)に三層の小麦山櫓などが造営されました。園部城は北側の園部川(そのべがわ)・西側の半田川(はんだがわ)を天然の堀として利用し、南側・東側にも堀が造られ、小麦山南東丘陵に方形居館・武家屋敷が造営され、その周囲に城下町も造られました。ちなみに小麦山にはかつて太宰府(だざいふ)に左遷された菅原道真(すがわらのみちざね)の邸宅があったと伝えられ、その後生身天満宮(いきみてんまんぐう)が祀られていたが、1653年(承応2年)に現在の場所に移されました。1830年(文政13年)の文政京都地震によって練塀が破損しました。幕末(江戸時代末期)に京都で池田屋事件・禁門の変(蛤御門の変・元治の変)などの武力衝突が相次いで起こったことから園部城の改修を江戸幕府に申し出て内諾を得たが、大政奉還(たいせいほうかん)が行われて正式な許可が出ず、1868年(慶応4年)に明治政府に願い出て認められ、三層の小麦山櫓などが造営されました。1871年(明治4年)に廃藩置県が断行されると園部県県庁が置かれたが、園部県がすぐに廃止され、1872年(明治5年)に現在に残る建物以外が官有地や民間に払い下げられました。その後小学校、そして京都府立園部高等学校の敷地になりました。
*参考・・・園部城跡(アクセス・歴史・・・)園部城跡(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【園部城跡 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
園部城跡の見どころは2017年(平成29年)に京都府の暫定登録文化財に登録された巽櫓・櫓門・番所です。

【園部城跡 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・0771-68-0050(南丹市役所農林商工部商工観光課)

【園部城跡 備考(アクセス・御朱印・駐車場・・・)】

【園部城跡 おすすめ散策ルート】
園部城跡からのおすすめ散策ルートは東側の生身天満宮に向かうルートです。15分ほど散策すると生身天満宮に行くことができ、京都観光を楽しむことができます。なお園部城跡周辺には観光スポットがあまり多くない為、次の観光スポットに向かい、その周辺を散策した方がいいかもしれません。

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