修学院離宮見どころ

修学院離宮

修学院離宮見どころを簡単に分かりやすくまとめて紹介しています。(修学旅行から一人旅まで)修学院離宮の見どころ・浴龍池(よくりゅうち)は総延長約200メートルで、堤防の高さ約13メートルの人工池です。浴龍池には窮邃亭(きゅうすいてい)が建つ中島・北側の三保島、南側の万松塢(ばんしょうう)があります。なお浴龍池は上御茶屋にあります。

【修学院離宮見どころ以外の情報】
修学院離宮基本情報

【修学院離宮見どころ 歴史・簡単概要】
修学院離宮(しゅがくいんりきゅう)は後水尾上皇(第108代・後水尾天皇)の第1皇女・文智女王(ぶんちじょおう)が草庵・円照寺(えんしょうじ)を営んでいた場所です。1655年(明暦元年)に後水尾上皇が文智女王を訪ね、隣雲亭(りんうんてい)からの眺めから修学院離宮の造営を決意したとも言われています。後水尾上皇の指示により、1656年(明暦2年)から江戸幕府が修学院離宮の造営を開始し、1659年(万治2年)に完成したとも言われています。後水尾上皇は女中に変装し、造営中の離宮を訪れて指図をしたとも言われています。なお修学院は離宮の所在するかつての地名で、その地名は近くにあった寺院に由来しています。

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【修学院離宮見どころ 寿月観】
寿月観(じゅげつかん)は下御茶屋(下離宮)内の池泉観賞式庭園の中にあります。寿月観には一の間・二の間・三の間・茶室などがあります。一の間には後水尾上皇直筆の扁額「寿月観」が掛かり、唯一の襖絵・虎渓三笑(こけいさんしょう)もあります。寿月観は1824年(文政7年)に江戸幕府11代将軍・徳川家斉が第119代・後光格天皇の為に再建しました。なお寿月観はこけら葺で、一の間側は寄棟造、三の間側は入母屋造です。
(修学院離宮見どころ 寿月観豆知識)
●寿月観の前庭には飛び石や袖石灯篭(そでいしとうろう)があります。
●かつての寿月観は顕子内親王(けんしないしんのう・昭子内親王(あきこないしんのう))の山荘・岩倉殿を移し、後水尾上皇の御座所でした。ただ享保年間(1716年~1736年)に失われました。
●下御茶屋には寿月観だけでなく、かつて茶屋・蔵六庵(ぞうろくあん)や彎曲閣(わんきょくかく)もありました。

【修学院離宮見どころ 客殿】
客殿は中御茶屋(中離宮)内にあり、楽只軒(らくしけん)と階段で結ばれています。客殿には一の間・二の間・三の間・仏間(御内仏の間)などがあります。客殿は1677年(延宝5年)に造営された後水尾天皇の中宮・東福門院(江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の娘)の女院御所の奥対面所を後水尾上皇の第8皇女・光子内親王の為に1682年(天和2年)に移しました。なお客殿は木賊葺の入母屋造です。
(修学院離宮見どころ 客殿豆知識)
●客殿の一の間には5枚の欅板を高さを変えて設置し、霞が棚引くように見える霞棚があります。霞棚は桂離宮(かつらりきゅう)新御殿の桂棚、醍醐寺(だいごじ)の塔頭・三宝院(さんぼういん)宸殿の醍醐棚とともに天下三名棚と言われています。
●客殿・楽只軒は1668年(寛文8年)に後水尾上皇の第8皇女・光子内親王の為に造営された朱宮御所の一部を後水尾上皇の死後に寺院・林丘寺(りんきゅうじ)に改められました。しかし1885年(明治18年)に客殿・楽只軒が宮内省に返還されました。

【修学院離宮見どころ 楽只軒】
楽只軒(らくしけん)は中御茶屋(中離宮)内にあり、客殿と階段で結ばれています。楽只軒には一の間・二の間・鞘の間(さやのま)などがあります。楽只軒は1668年(寛文8年)またその前年1667年(寛文7年)に造営されたと言われています。
(修学院離宮見どころ 楽只軒豆知識)
●楽只軒の一の間と二の間には後水尾上皇直筆の額「楽只軒」が掛かっています。
●楽只軒の名称は後水尾上皇が「詩経」の中の「楽只君子万寿無期」から名付けました。

【修学院離宮見どころ 隣雲亭】
隣雲亭は(りんうんてい)は上御茶屋(上離宮)内に建てられいます。隣雲亭には一の間・二の間があり、土庇部分の三和土(たたき)には赤と黒の小石が埋め込まれ、「一二三石(ひふみいし)」と言われています。隣雲亭は1677年(延宝5年)に焼失し、1824年(文政7年)に再建されました。なお隣雲亭はこけら葺の入母屋造です。
(修学院離宮見どころ 隣雲亭豆知識)
●隣雲亭(りんうんてい)は離宮内の最高所に建てられいます。

【修学院離宮見どころ 窮邃亭】
窮邃亭(きゅうすいてい)は上御茶屋(上離宮)内の人工池・浴龍池(よくりゅうち)の中島の岩山に建てられいます。窮邃亭には18畳の1室と水屋があります。窮邃亭は他の建物と違い、唯一造営された当初の建物とも言われています。
(修学院離宮見どころ 窮邃亭豆知識)
●窮邃亭の水屋には後水尾上皇直筆の額「窮邃」が掛かっています。

【修学院離宮見どころ 千歳橋】
千歳橋は上御茶屋(上離宮)にあり、中島と万松塢に架けられています。千歳橋は石の橋台に石の橋板を渡し、宝形造と寄棟造の屋根を設けた屋形橋です。千歳橋は1824年(文政7年)に越後村上藩第6代藩主で、京都所司代・内藤信敦(ないとうのぶあつ)が橋台を寄進し、1827年(文政10年)に遠州浜松藩主で、老中・水野忠邦(みずのただくに)が屋形を寄進したと言われています。
(修学院離宮見どころ 千歳橋豆知識)
●千歳橋の宝形造の屋根には鳳凰が置かれています。

【修学院離宮見どころ 浴龍池】
人工池・浴龍池(よくりゅうち)には窮邃亭が建つ中島・北側の三保島、南側の万松塢(ばんしょうう)があります。なお中島には東岸から楓橋と北岸から土橋が架かり、中島と万松塢には千歳橋が架かっています。
(修学院離宮見どころ 浴龍池豆知識)
●浴龍池は総延長約200メートルで、堤防の高さ約13メートルの人工池です。

【修学院離宮見どころ 紅葉】
修学院離宮は紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬頃から下旬頃に見ごろを迎えます。紅葉は水面に映る紅葉まで楽しめるとも言われています。
紅葉・修学院離宮見どころ

【修学院離宮見どころ 林丘寺】
客殿・楽只軒は林丘寺(りんきゅうじ)と深い関係があります。林丘寺はかつて後水尾法皇の第1皇女・梅宮文智女王(うめみやぶんちじょおう)が開山した円照寺(えんしょうじ)があった場所でした。その後後水尾法皇の第8皇女・朱宮光子内親王(あけのみやてるこないしんのう)が後水尾法皇から別殿・朱宮御所(音羽御所)を賜って楽只軒(らくしけん)と称しました。1680年(延宝8年)に後水尾法皇が崩御すると朱宮光子内親王は出家して別殿を林丘寺に改めて門跡尼寺になりました。
林丘寺・修学院離宮見どころ

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