三十三間堂見所ランキング-修学旅行・観光必見

三十三間堂見どころ

三十三間堂見所ランキング

三十三間堂見所ランキングを紹介しています。三十三間堂への修学旅行・観光で見逃せない見所をランキングしました。1位が南北約120メートルの蓮華王院本堂(国宝)、2位が千手観音坐像(国宝)と1,001体の千手観音立像(国宝)、3位が通し矢です。(三十三間堂見所下記参照)

三十三間堂見どころ一覧

【三十三間堂 歴史・簡単概要】
三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)とは平安時代中期の988年(永延2年)に太政大臣・藤原為光(ふじわらのためみつ)が造営した私邸があった場所とも言われています。蓮華王院本堂(三十三間堂)は平安時代後期の1165年(長寛2年)に後白河上皇(第77代・後白河天皇)が平清盛(たいらのきよもり)に資材協力を命じ、離宮・法住寺殿の一画に創建したのが起源です。ただ鎌倉時代前期の1249年(建長元年)に焼失し、鎌倉時代後期の1266年(文永3年)に後嵯峨上皇(第88代・後嵯峨天皇)が蓮華王院本堂のみを再建しました。
三十三間堂歴史年表

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【三十三間堂1位 蓮華王院本堂・見所解説】
ランキング1位は蓮華王院本堂(国宝)です。蓮華王院本堂は本尊である千手観音坐像(国宝)・本尊の左右に1,000体の千手観音立像(国宝)・本尊の背後に1,001体目の千手観音立像(国宝)などを安置する本堂です。ちなみに蓮華王院の名称は観音の王である千手観音の別称「蓮華王」に由来しています。蓮華王院本堂は本尊・千手観音坐像や1,001体の千手観音立像を安置していることからその大きさを何となく感じることができると思います。ただ閉ざされた空間では実際の大きさよりも小さく感じたりすることがよくあります。その為蓮華王院本堂の本当の大きさを実感する為、周囲を歩くことをおすすめします。東側は比較的歩きやすく、東側を北側から南側に歩くと蓮華王院本堂の大きさを実感できるはずです。時間がある方は蓮華王院本堂の周囲を一周するのをおすすめします。南西には三十三間堂の鎮守社・久勢稲荷大明神が祀られています。ちなみに西側では毎年1月に通し矢が行われています。
(蓮華王院本堂・ポイント)
●蓮華王院本堂は南北約120メートル・奥行き約22メートル・高さ約16メートルです。なお蓮華王院本堂では1930年(昭和5年)の修理の際に極彩色の文様が現れ、かつて花や雲文様の極彩色だったことが分かりました。
●蓮華王院本堂は鎌倉時代前期の1266年(文永3年)に後嵯峨上皇(第88代・後嵯峨天皇)が再建しました。なお蓮華王院本堂はかつて平安時代後期の1165年(長寛2年)に創建され、鎌倉時代後期の1249年(建長元年)の建長の大火(けんちょうのたいか)で堂塔や仏像の多くとともに焼失し、千手観音立像124体と二十八部衆立像が救出されたと言われています。
●蓮華王院本堂は間面記法で「三十三間四面」になることから三十三間堂と言われています。ちなみに三十三間とは本堂内部の柱間が33あることを意味します。本堂を外側から見ると柱間は35あります。
蓮華王院本堂見所(歴史概略・・・)

【三十三間堂2位 千手観音立像・見所解説】
ランキング2位は千手観音立像(国宝)です。千手観音立像は本尊の左右にある10段の階段に1段50体、合計1,000体が安置されています。また本尊の背後に1,001体の千手観音立像が安置されています。1,001体の千手観音立像は一体一体表情が異なり、「必ず会いたい人に似た像がある」とも言われています。その為千手観音立像の顔をじっくり眺めるのがおすすめです。ただ三十三間堂は人気観光スポットの為、観光客が多かったり、千手観音立像の数が多かったりすることから顔をじっくり眺めるのが難しいかもしれません。その為三十三間堂には早朝に訪れるのがおすすめです。なお会いたい人がいない場合、自分の顔に似た千手観音立像を探すのもいいかもしれません。
(千手観音立像・ポイント)
●1,001体の千手観音立像は平安時代から室町時代に造仏されました。124体が平安時代、876体が蓮華王院本堂再建時の鎌倉時代、1体が室町時代に造仏され、鎌倉時代以降に造仏された約500体に仏師名が残されています。再建時に奈良仏師(慶派(康円・行快))・京都仏師(円派(隆円・昌円・栄円・勢円)・院派(院継・院遍・院承・院恵・院豪・院賀))が動員されて造仏したと言われています。なお1,001体の千手観音立像は1973年(昭和48年)から1年に数体~50体の修理が開始され、2017年(平成29年)に約45年に及ぶ修理が完了しました。
●千手観音立像は寄木造(よせぎづくり)または割矧造(わりはぎづくり)です。像高は1.6メートル前後です。
千手観音見所(歴史概略・・・)

【三十三間堂3位 通し矢・見所解説】
ランキング3位は通し矢・大的大会(おおまとたいかい)です。通し矢は毎年1月中旬頃に行われ、例年成人を迎えた約2千名の男女の弓道有段者や称号者が約60メートル先の大的を射って腕を競います。通し矢には競技者とその家族、見物客や参拝者などがたくさん訪れ、通し矢を見るのは大変です。特に着物姿が絵になる女性競技者が通し矢を行う時間帯は本当に大変です。その為通し矢をじっくり見るなら早朝に三十三間堂を訪れるのがおすすめです。ちなみに通し矢が行われる日は三十三間堂の拝観料は無料になります。なお通し矢は蓮華王院本堂の西側に設けられた特設射場で行われます。
(通し矢・ポイント)
●通し矢の名称は本堂の軒下を通すことに由来しています。なお通し矢は江戸時代に各藩の弓術家が本堂の軒下で矢を射った大矢数に因んだ行事です。
●通し矢では2本の矢が全て的中した皆中者で決勝が行われます。
通し矢見所(歴史概略・・・)

【三十三間堂番外 南大門・見所解説】
ランキング番外は南大門(重要文化財)です。南大門は境内南端に位置し、東西に走る塩小路通(しおこうじどおり)に面し、南北に走る道路が通っています。南大門は蓮華王院本堂(三十三間堂)やその中に安置されている千手観音などと異なり、観光客が拝観することはあまり多くないようです。ただ南大門を拝観すると三間一戸(さんげんいっこ)の八脚門(はっきゃくもん)の大きさや歴史を感じることができます。ちなみに三十三間堂は関白・豊臣秀吉が南北約250メートル・東西約200メートルの方広寺(ほうこうじ)の大仏殿を建立した際、その寺域に取り込まれ、1596年(文禄5年)の慶長伏見地震で大仏などが倒壊し、その後秀吉の子・豊臣秀頼が復興を図りました。
(南大門・ポイント)
●南大門はかつて桃山時代に関白・豊臣秀吉が建立したと言われていたが、虹梁(こうりょう)の刻銘(こくめい)から桃山時代の1600年(慶長5年)に秀吉の子・豊臣秀頼が建立したと言われています。

【三十三間堂見所ランキング 備考】
*参考・・・京都・三十三間堂(アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

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