元伊勢内宮皇大神社の歴史-修学旅行・観光の簡単解説

元伊勢内宮皇大神社

元伊勢内宮皇大神社の歴史を時代別年表にまとめ

元伊勢内宮皇大神社の歴史を簡単にまとめています。元伊勢内宮皇大神社は紀元前59年(崇神天皇39年)に祭神・天照皇大神のご神体(神鏡)・八咫鏡を大和(奈良)から但波(丹波)に移されて祀ったのが起源と言われています。(時代別年表・重要人物下記参照)

元伊勢内宮皇大神社(アクセス・歴史・・・)

【園部・武部源蔵】

●天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)は大国主命 (おおくにぬしのみこと) から豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいおあきのみずほのくに・日本国)を譲り受け、孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が降臨する際に「三種の神器(八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・草薙剣(くさなぎのつるぎ・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)))」と「三大神勅(天壌無窮の神勅(てんじようむきゅうのしんちよく)・宝鏡奉斎の神勅(ほうきようほうさいのしんちよく)・斎庭稲穂の神勅(ゆにはいなほのしんちよく))」を授けました。瓊瓊杵尊は宝鏡奉斎の神勅に従って、三種の神器の1つである八咫鏡を天照皇大神のご神体として宮中に祀りました。しかし紀元前92年(崇神天皇6年)に第10代・崇神天皇(すじんてんのう)が「天照皇大神の勢いを畏りて、ともに住みたまふに安からず」とし、宮殿外の倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら・奈良県桜井市三輪)に移して祀るようになりました。倭笠縫邑に33年間祀られていたが、天照皇大神の教え「別に大宮地を求めて鎮め祭れ」により、永遠に祀る聖地を求め、先ず最初に但波(丹波)に移って4年間祀られたが、その後各地を転々と移り、紀元前4年(垂仁天皇26年)に伊勢(三重)の五十鈴川(いすずがわ)川上の聖地(伊勢神宮(いぜじんぐう))に祀られるようになりました。

【元伊勢内宮皇大神社の起源・始まり】

●元伊勢内宮皇大神社は紀元前59年(崇神天皇39年)に祭神・天照皇大神のご神体(神鏡)・八咫鏡を大和(奈良)から但波(丹波)に移されて祀ったのが起源と言われています。八咫鏡はこの地で4年間祀られ、その後各地を転々とした後に伊勢神宮に祀られたことから「元伊勢内宮」・「元伊勢皇大神宮」・「大神宮さん」などと言われるようになりました。なお「倭姫命世記」によるとに紀元前59年(崇神天皇39年)に天照皇大神を祀る豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)が鎮座地を求めて但波(丹波)に遷幸し、吉佐宮を築いて4年間奉斎したと記されています。
●元伊勢内宮皇大神社は飛鳥時代(592年~710年)に第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の皇子・麻呂子親王が当地の兇賊を成敗した際に勧請したのが起源とも言われています。
●元伊勢内宮皇大神社の奥宮とも言われる天岩戸神社(あめのいわとじんじゃ)は日室岳の下を流れる宮川渓流の岩壁に張り付くように祀られています。天岩戸神社は櫛御毛奴命(くしみけぬ のみこと)または櫛岩窓戸命(くしいわまどのみこと)・豊岩窓戸命(とよいはまどのみこと)を祀っています。
●元伊勢外宮豊受大神社(げくうとゆけだいじんじゃ)は天照皇大神が但波(丹波)に鎮座した際に豊受大神(とようけおおかみ)も一緒に祀られたのが起源と言われています。478年(雄略天皇22年)に「但波の比沼真名井に坐せる豊受大神を吾がもとに呼び寄せよ」との天照皇大神のお告げにより、豊受大神は伊勢神宮外宮に祀られるようになりました。

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【奈良時代(710年頃~794年頃)の歴史・出来事】

●第43代・元明天皇(げんめいてんのう)の時代(707年(慶雲4年)~715年(和銅8年))に社殿が建立されたと言われています。なお伊勢神宮では20年毎に式年遷宮(しきねんせんぐう)を行っているが、元伊勢内宮皇大神社では60年毎に式年造替(しきねんぞうたい)を行う定めになっています。元伊勢内宮皇大神社では社殿の御立柱は榎(えのき)と定められ、現在も榎が使用されています。

【江戸時代(1603年頃~1868年頃)の歴史・出来事】

●1656年(明暦2年)に社殿の建立に伴って、丹後宮津藩3代藩主・京極高国(きょうごくたかくに)が社殿を修築しました。
●1681年(天和元年)に「宮津領村高帳」によると4石3斗4合の社領を有していたと言われています。
●1701年(元禄14年)に丹後宮津藩主・奥平昌成(おくだいらまさしげ)が社殿を修築したと言われています。

【明治時代以降(1868年頃~)の歴史・出来事】

●1872年(明治5年)に社殿が修築されたが、その後途絶え、2010年(平成22年)に約138年振りに平成の大改修が行われました。
●1930年(昭和5年)に府社に列せられました。その後戦後に神社本庁に属するようになりました。
●昭和40年代後半頃から交通網の整備により、元伊勢まいりが盛んになりました。
●1987年(昭和62年)3月15日に榎祭りを行って、4本の榎のご神木が復活しました。本殿左右の日影榎(ひかげのえのき)・水影榎(みかげのえのき)は伊勢神宮からヘリコプターで運ばれ、大直日榎(おおなおびのえのき)は大本教、変若水榎(おちみずのえのき)は世界救世主教から献木されました。
●2007年(平成19年)に元伊勢内宮皇大神社・元伊勢外宮豊受大神社(とゆけだいじんじゃ)・天岩戸神社(あめのいわとじんじゃ)の元伊勢三社の境内一帯が丹後天橋立大江山国定公園に指定されました。

【元伊勢内宮皇大神社の祭神・天照皇大神】

天照皇大神は伊弉諾(伊佐那岐)と伊弉冉(伊佐那美)の第1子として生まれました。また伊弉諾が伊弉冉のいる黄泉の国から生還し、黄泉の穢れから禊を行った際に左の目から生まれたとも言われています。天照皇大神は月読尊の夜の食国、素戔嗚尊の根の国に対し、高天原を治めました。天照皇大神は太陽神の性格と巫女の性格を併せ持ち、皇祖神として伊勢神宮内宮に祀られています。神体は八咫鏡とされています。天照皇大神は皇孫・瓊瓊杵尊に神勅と八咫鏡・天叢雲剣・八尺瓊勾玉からなる三種の神器を授け、葦原中国を治めさせ、日本国の初めになりました。

【元伊勢内宮皇大神社の歴史 備考】
*参考・・・元伊勢内宮皇大神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ

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