常照寺の歴史-修学旅行・観光の簡単解説

常照寺

常照寺の歴史を時代別年表にまとめ

常照寺の歴史を簡単にまとめています。常照寺は1616年(元和2年)に本阿弥光悦と養子・光嵯が法華の鎮所を建立し、鷹峰に弘通していた寂照院日乾上人を招聘し、寂照院日乾上人が法華の鎮所を寂光山常照寺と号したのが起源です。(時代別年表・重要人物下記参照)

常照寺(アクセス・歴史・・・)

【光悦村】

●常照寺が建立されている場所は1615年(元和元年)に書家・陶芸家・芸術家である本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)から南北7町・東西200間の鷹峰(たかがみね)の土地を賜り、本阿弥一門とその家職につながる集団とともに移住した光悦村の一部です。なお本阿弥光悦は慶長年間(1596年~1615年)にこの地に別宅を設けていたが、「本阿弥行状記」によると辻斬りや追い剥ぎなどがの出没する物騒な土地だったと言われています。

【常照寺の起源・始まり】

●常照寺は1616年(元和2年)に本阿弥光悦と養子・本阿弥光嵯(ほんあみこうさ)が法華の鎮所(ほっけのちんじょ)を建立し、鷹峰に弘通していた寂照院日乾上人(じゃくしょういんにちけんしょうにん)を招聘し、寂照院日乾上人が法華の鎮所を寂光山常照寺と号したのが起源です。

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【江戸時代(1603年頃~1868年頃)の歴史・出来事】

●1619年(元和5年)に本阿弥光悦が本格的にこの地に移り住み、自らの屋敷近くに法華題目堂(ほっけだいもくどう)を建立しました。法華題目堂は1637年(寛永14年)の本阿弥光悦の没後に光悦寺に改められました。
●1627年(寛永4年)に寂照院日乾上人が本阿弥一族の外護を得て、僧侶の養成機関である学問所・鷹峰檀林(たかがみねだんりん)を創設しました。寂照院日乾上人は心性院日遠上人(にちおんしょうにん)の弟子・智見院日暹上人(にっせんしょうにん)を招いて開講し、寂照院日乾上人は檀林開祖、智見院日暹上人は開講の初祖とされています。鷹峰檀林は松ケ崎・求法院・東山・山科・鶏冠井とともに日蓮宗関西六檀林に数えられました。なお常照寺は往時に常照講寺とも言われ、数万坪の境内に講堂・衆妙堂・玄義寮・妙見堂など30余りの堂宇が建ち並び、数百人の学僧が学んでいました。
●1628年(寛永5年)に智見院日暹上人が身延山26世に晋山する為、智見院日暹上人の俗弟で、小西檀林9世・立正院日揚上人(にちようしょうにん)が第3世化主になりました。立正院日揚上人は講堂・学寮などを建立し、檀林諸規則などを定めて檀林を整備し、檀林学徒を山方(やまかた)と峰方(みねかた)に分けて学問を奨励しました。立正院日揚上人は玄堂の初祖とされ、智見院日暹上人が峰方の祖、立正院日揚上人が山方の祖とされました。
●1628年(寛永5年)に「六条の七人衆の筆頭」・「天下随一の太夫」と謳われた六条三筋町の2代目・吉野太夫(よしのたゆう)が朱塗りの山門(赤門)を寄進しました。常照寺には2代目・吉野太夫の墓が残され、4月の第2日曜日に吉野太夫花供養が行われています。
●江戸時代前期に2代目・吉野太夫の夫・灰屋紹益(はいやじょうえき)が吉野太夫を偲んで、茶室「遺芳庵」を寄進しました。
●1688年(元禄元年)に大門、1696年(元禄9年)に経蔵が建立され、学寮も増設されました。

【明治時代以降(1868年頃~)の歴史・出来事】

●1872年(明治5年)の学制発布により、鷹峰檀林が廃止されました。
●1971年(昭和46年)に片岡仁左衛門(かたおかにざえもん)が2代目・吉野太夫と夫・灰屋紹益の供養塔である比翼塚を建立しました。

【常照寺の開基である本阿弥光悦】

本阿弥光悦は1558年(永禄元年)に本阿弥光二と妙秀の間に長男として京都に生まれました。父・本阿弥光二は本阿弥7代当主・本阿弥光心の婿養子になったが、本阿弥光心に実子・光刹が生まれると別家を立てました。本阿弥家は刀剣の鑑定・研磨などを家業とし、父・本阿弥光二は加賀(石川)前田家から扶持200石を受け、本阿弥光悦も継承していました。家業だけでなく、書・陶芸・漆芸・能楽・茶の湯などにも精通しました。書は独自の光悦流を創始し、近衛信尹・松花堂昭乗とともに寛永の三筆と称されました。陶芸は楽焼の田中常慶に学んだと言われ、不二山と言われる楽焼白片身替茶碗(国宝)・雨雲と言われる楽焼黒茶碗などの楽焼茶碗が残されています。漆芸は鉛・錫・青貝を使用した舟橋蒔絵硯箱(国宝)などが残されています。茶の湯は最初に古田織部を師とし、その後武野紹鴎系統のわび茶に傾倒しました。角倉素庵らとともに豪華な活字本「嵯峨本」を刊行しました。ちなみに孫・本阿弥光甫が本阿弥光悦の行状を「本阿弥行状記」にまとめました。なお本阿弥光悦は1637年(寛永14年)2月27日に亡くなりました。

【常照寺の歴史 備考】
*参考・・・常照寺(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ

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