広隆寺見どころ-修学旅行・観光ポイントまとめ

広隆寺見どころ

広隆寺見どころ

広隆寺見どころを解説しています。修学旅行・観光に役立つ簡単まとめを提供。広隆寺で見逃せない桂宮院本堂(国宝)・弥勒菩薩像(国宝)などを解説しています。広隆寺有数の見どころである宝冠弥勒は右手を頬に当て、思索のポーズをとり、泣き弥勒は瞳が潤んで、泣いているように見えます。(広隆寺見どころ下記参照)

【広隆寺 歴史・簡単概要】
広隆寺(こうりゅうじ)とは起源が明確ではありません。広隆寺は飛鳥時代前期の603年(推古天皇11年)に渡来人氏族(とらいじんしぞく)で、広隆寺開基・秦河勝(はたのかわかつ)が第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の第2皇子・聖徳太子(しょうとくたいし)から賜った弥勒菩薩(みろくぼさつ)を本尊として創建し、蜂岡寺(はちおかでら)と称したのが起源とも言われています。また広隆寺は622年(推古天皇30年)に聖徳太子が亡くなり、聖徳太子の供養の為に創建され、葛野秦寺(かどののはたでら)と言われたのが起源とも言われています。京都最古の寺院とも言われています。
広隆寺歴史(起源・・・)

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【広隆寺-桂宮院本堂・見どころ】 ★★★修学旅行
桂宮院本堂(けいぐういんほんどう)は見逃せない国宝です。桂宮院本堂は境内西側で、塀で囲まれた一画に建立され、前には宝篋印塔(ほうきょういんとう)が建立されています。桂宮院本堂は純和様(わよう)です。桂宮院本堂は奈良・法隆寺(ほうりゅうじ)の八角円堂(はっかくえんどう)・夢殿(ゆめどの・国宝)を模していると言われています。桂宮院本堂は鎌倉時代前期の1251年(建長3年)以前に中観上人澄禅(ちゅうかんしょうにんちょうぜん)が建立したと言われています。なお桂宮院本堂は檜皮葺(ひわだぶき)です。
(桂宮院本堂・ポイント)
●桂宮院本堂はかつて鎌倉時代に造られたと言われていた本尊・聖徳太子半跏(はんか)像(重要文化財)を安置していました。聖徳太子半跏像は現在霊宝殿に移されています。
●桂宮院本堂には聖徳太子が住んだという伝承が残されているそうです。
桂宮院本堂(歴史概略・特徴・・・)

【広隆寺-講堂・見どころ】 ★★修学旅行
講堂は見逃せない重要文化財です。講堂は平安時代後期の1165年(永万元年)に再建され、戦国時代(室町時代後期)の1565年(永禄8年)以降に度々補修されました。その為建物の外観などには古い部分はほとんど残っていないとも言われています。ただ講堂は京都市内に残る平安建築のひとつで、京洛では最古の建物とも言われています。なお講堂は本瓦葺(ほんがわらぶき)の寄棟造(よせむねづくり)です。
(講堂・ポイント)
●講堂は内陣中心に阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像(国宝)、向かって右に地蔵菩薩(じぞうぼさつ)坐像(重要文化財)、左に虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ) 坐像(重要文化財)を安置しています。
●講堂は敷瓦を敷いた土間です。正面柱間は中央3間が吹き放し、左右端の間に花頭窓(かとうまど)があります。
●講堂は朱塗り(しゅぬり)で、赤堂とも言われています。またかつては金堂とも言われていました。

【広隆寺-鉄鐘・見どころ】
鉄鐘は重要文化財です。鉄鐘は鎌倉時代前期の1217年(建保5年)に秦末時が発願して寄進し、本尊に奉納されたとも言われています。鉄鐘には1217年(建保5年)の銘があります。なおかつての鐘は平安時代後期の1165年(永万元年)に鐘楼とともに西本願寺に移されたと言われています。

【広隆寺-上宮王院太子殿・見どころ】 ★修学旅行
上宮王院太子殿(じょうくうおういんたいしでん)は本堂です。上宮王院太子殿は江戸時代中期の1730年(享保15年)に建立されました。なお上宮王院太子殿は檜皮葺の入母屋造です。
(上宮王院太子殿・ポイント)
●上宮王院太子殿の厨子には広隆寺の本尊・聖徳太子立像を安置しています。 聖徳太子立像は秘仏で、11月22日のみ開扉されます。

【広隆寺-薬師堂・見どころ】
薬師堂は楼門をくぐった左側にあります。薬師堂は平安時代前期に造られたと言われている薬師如来立像を安置しています。薬師如来立像は女神の吉祥天のように造られ、吉祥薬師像と言われています。

【広隆寺-地蔵堂・見どころ】
地蔵堂は弘法大師・空海作とも言われている地蔵菩薩坐像(腹帯地蔵)を安置しています。腹帯地蔵には妊婦の産の苦しみを引き受け、安産のご利益があると言われています。なお地蔵堂は瓦葺の宝形造です。

【広隆寺-楼門・見どころ】 ★修学旅行
見逃せない楼門(南大門・仁王門)は南にある三条通に面しています。楼門は江戸時代中期の1702年(元禄15年)に建立されたと言われています。
(楼門・ポイント)
●楼門には仁王像を安置しています。

【広隆寺-霊宝殿・見どころ】 ★★★修学旅行
霊宝殿は見逃せない弥勒菩薩像2体(国宝)・仏像などの文化財を収蔵・展示しています。霊宝殿は1982年(昭和57年)に建設されました。なお1922年(大正11年)の聖徳太子1,300年忌に建設された旧霊宝殿は現在は公開されていません。
(霊宝殿・ポイント)
●仏像・宝冠弥勒(弥勒菩薩半跏像)は見逃せない国宝(1951年(昭和26年)6月9日指定)です。宝冠弥勒は国内で造られたか、国外で造られたかは明確ではありません。宝冠弥勒は603年(推古天皇11年)に朝鮮半島から伝来し、聖徳太子が秦河勝に与えたとも言われています。(諸説あり)なお宝冠弥勒は朝鮮系のアカマツ材の一木造です。像高約123センチ・坐高約84センチです。宝冠弥勒はドイツ人哲学者であるカール・ヤスパースから「人間実存の最高の姿」と表されました。宝冠弥勒は右手を頬に軽く当て、思索のポーズをとっています。
●仏像・泣き弥勒(弥勒菩薩半跏像)は見逃せない国宝(1952年(昭和27年)11月日指定)です。泣き弥勒は7世紀後半から8世紀初頭の白鳳時代に造られたと言われています。なお泣き弥勒はクスノキ材の一木造です。像高約90センチ・坐高約66センチです。泣き弥勒は目が大きく、瞳が潤んだ沈うつな表情で、右手を頬に当てた様子が泣いているように見えることから泣き弥勒と言われるようになりました。
宝冠弥勒・泣き弥勒(歴史概略・特徴・・・)

【広隆寺-牛祭・見どころ】
不定期に牛祭(うしまつり)が行われています。かつて牛祭は広隆寺の境内社・大酒神社(おおさけじんじゃ)の祭りとして行われていたが、その後広隆寺の祭りとして行われていました。ただ現在は牛の調達の問題から不定期になりました。なお牛祭は鞍馬の火祭(由岐神社)・やすらい祭(今宮神社)とともに京の三大奇祭に数えられています。

【広隆寺-大酒神社・見どころ】
大酒神社はかつて境内社だったと言われています。大酒神社は伝承によると古墳時代に秦の始皇帝の子孫・功満王(こうまんおう)が始皇帝の神霊を勧請したのが起源とも言われています。その後603年(推古天皇11年)に秦河勝が創建すると桂宮院に鎮守の社として祀られたとも言われています。
境内社・大酒神社

【広隆寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都・広隆寺(アクセス・・・)

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