興聖寺ツツジ・サツキ見ごろ2022(5月中旬~6月上旬頃)

興聖寺ツツジ・サツキ見ごろ(見頃)

興聖寺ツツジ・サツキ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。興聖寺では境内各所にヒラドツツジなどのツツジ、山門(龍宮門)付近や本堂前の庭園にサツキが植えられ、ツツジ・サツキと境内・山門・本堂・鐘楼などの光景が美しいと言われています。興聖寺は関西花の寺二十五カ所霊場の第14番になっています。
(詳細下記参照)

【興聖寺ツツジ・サツキ見ごろ(例年)・2022情報】
興聖寺のツツジ・サツキ見ごろはヒラドツツジが例年5月中旬頃、サツキが例年5月下旬頃から6月上旬頃です。ただツツジ・サツキ見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ツツジ・サツキ名所・見ごろ

【興聖寺ツツジ・サツキ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府宇治市宇治山田27
最寄り駅・バス停・・・京阪宇治駅(徒歩約10分)、JR宇治駅(徒歩約20分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からはJR奈良線
*祇園四条駅からは京阪電鉄本線・宇治線
路線・時刻表・運賃チェック

スポンサーリンク

【興聖寺 ツツジ・サツキ見ごろ(例年)・見どころ解説】
興聖寺はツツジ(躑躅)・サツキ(皐月)の名所です。興聖寺のツツジ・サツキ見ごろはヒラドツツジが例年5月中旬頃、サツキが例年5月下旬頃から6月上旬頃です。
興聖寺では境内各所にヒラドツツジなどのツツジ、山門(龍宮門)付近や本堂前の庭園にサツキが植えられ、ツツジ・サツキと境内・山門(龍宮門)・本堂などの光景が美しいと言われています。興聖寺は関西花の寺二十五カ所霊場の第14番になっています。
ヒラドツツジ(平戸躑躅)はツツジ科の常緑低木です。平戸は沖縄諸島原産のケラマツツジを主な親とし、西部日本原産のキシツツジ・沖縄諸島原産のリュウキュウツツジ・中部日本原産のモチツツジ・台湾原産のタイワンヤマツツジなどと自然交雑や実生を繰り返し、ヒラドツツジが生まれたと言われています。ヒラドツツジは樹高1~2メートルで、花冠が大きく、白・桃・紅・赤・朱・紫色など多彩な花を咲かせます。
サツキ(皐月・杜鵑)はツツジ科ツツジ属の常緑低木です。サツキの名称は旧暦の5月 (皐月) 頃に一斉に咲くことに由来しています。サツキは関東以西と九州南部に分布し、川岸の岩上などに自生しています。サツキは樹高が1メートル前後で、枝は細く密生して横に広がり、葉は披針形または狭倒披針形で先が尖っています。サツキは花色が深紅から白色で、咲き分け・絞り・八重咲などがあります。
本堂は1649年(慶安2年)に関白・豊臣秀吉が築城した伏見城の遺構を使って建立されたとも言われています。本堂は鴬張りの廊下・血天井・杉戸絵などが特徴となっています。
鐘楼は「興聖寺の晩鐘」として「宇治十二景」・「宇治十境」に数えられています。鐘楼は1651年(慶安4年)に建立され、1651年(慶安4年)に鋳造された梵鐘を釣っています。

【興聖寺 歴史・簡単概要】
興聖寺(こうしょうじ)は鎌倉時代の1233年(天福元年)に曹洞宗(そうとうしゅう)の宗祖・道元禅師(どうげんぜんじ)が曹洞宗の道場・観音導利院興聖宝林禅寺(かんのんどうりいんこうしょうほうりんぜんじ)を深草に創建したのが起源と言われています。道元禅師は1227年(安貞元年)に宋(中国)から帰国し、建仁寺(けんにんじ)に身を寄せ、1229年(寛喜元年)頃に深草の安養院(あんよういん)に閑居していました。その後1236年(嘉禎2年)に開堂式が行われて伽藍が完成したとも言われるが、延暦寺(えんりゃくじ)の弾圧を受け、1243年(寛元元年)に道元禅師が越前に下向してから荒廃し、応仁の乱(おうにんのらん)や兵火にって4代住持で廃絶したとも言われています。江戸時代前期の1649年(慶安2年)に山城淀藩初代藩主で、永井家宗家2代・永井尚政(ながいなおまさ)が父・永井直勝(ながいなおかつ)の菩提を弔う為、万安英種(ばんなんえいしゅ)を招聘して5代住持にし、朝日茶園があった現在の場所に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が築城した伏見城の遺構を使って復興しました。なお1747年(延享4年)に越前・永平寺(えいへいじ)の末寺になりました。
興聖寺は曹洞宗の寺院です。
*参考・・・興聖寺(アクセス・歴史・・・)

【興聖寺ツツジ・サツキ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
興聖寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場
  2. 竹林の道
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る