東山福めぐり2023/1/6~8(日程時間・・・)

東山福めぐり

東山福めぐり(日程・時間・・・)を紹介しています。東山福めぐりは1952年(昭和27年)に始まり、1975年(昭和50年)に終了した東山十福神巡りを新たに復興したものです。東山福めぐりでは瀧尾神社・恵美須神社・京都霊山護国神社・霊山観音・建仁寺・春光院・岡林院・圓徳院・高台寺を巡り、ご神宝・ご本尊・秘仏を特別に参拝します。(詳細下記参照)

【東山福めぐり2023 日程時間(要確認)】
東山福めぐり2023(●コロナによる実施の有無・変更要確認)は2023年(令和5年)1月6日(金曜日)~8日(日曜日)に行われます。

【東山福めぐり 歴史・簡単概要】
東山福めぐり(ひがしやまふくめぐり)は1952年(昭和27年)に始まり、1975年(昭和50年)に終了した東山十福神巡りを新たに復興したものです。ちなみに東山十福神巡りでは東山の三条から松原の間に建立されている十社寺を初詣に巡って福を貰うものでした。東山福めぐりでは瀧尾神社(たきおじんじゃ)・恵美須神社(えびすじんじゃ)・京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)・霊山観音(りょうぜんかんのん)・建仁寺(けんにんじ)・春光院(しゅんこういん)・岡林院(こうりんいん)・圓徳院(えんとくいん)・高台寺(こうだいじ)を巡り、ご神宝・ご本尊・秘仏を特別に参拝します。東山福めぐりでは期間中は専用の台紙(1,500円)に社寺などで授与される特別なお守り札を収めることができます。
瀧尾神社では木彫龍、恵美須神社では本殿、京都霊山護国神社ではイラスト展、霊山観音では十二支守本尊、建仁寺では釈迦如来坐像、春光院では勝利摩利支尊天堂、岡林院では延命地蔵願王菩薩、圓徳院では韋駄天立像・千体地蔵、高台寺では方丈・高台寺天満宮などを巡ります。

【瀧尾神社 歴史・簡単概要】
瀧尾神社は「源平盛衰記・平安時代末期」に「武鶏ノ社(武鵜社)」と記され、平安時代には既に祀られていたとも言われています。その後応仁の乱によって焼失し、吉坂に移って多景の社(多景社)と称したとも言われています。1586年(天正14年)に関白・豊臣秀吉による方広寺大仏の建立に伴って現在の場所に移されました。宝永年間(1704年~1711年)に江戸幕府の命によって改築され、社号を多景の社から瀧尾神社に改めました。1839年(天保10年)に大丸百貨店の創業家・下村家の援助によって修復され、1840年(天保11年)に現在の社殿が建立されました。
瀧尾神社(アクセス・マップ・・・)

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【恵美須神社 歴史・簡単概要】
恵美須神社(京都ゑびす神社)は1202年(建仁2年)に臨済宗の宗祖・明庵栄西禅師が建仁寺を創建した際、建仁寺の鎮守として造営されたと言われています。建仁寺が応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))によって焼失し、その後再建された際に現在の場所に移ったと言われています。ゑびす信仰(十日戎・十日えびす)の象徴である福笹は恵美須神社独自の「御札」の形態が広く広まったものと言われています。なお恵美須神社はゑびす神である八代言代主大神・大国主大神・少彦名神を祀っています。
瀧尾神社(アクセス・マップ・・・)

【京都霊山護国神社 歴史・簡単概要】
京都霊山護国神社は1862年(文久2年)に正法寺の朱印地にあった神道葬祭場・霊明社で神葬祭が行われたのが起源とも言われています。その後1868年(明治元年)に第122代・明治天皇から明治維新を目前に倒れた志士達の御霊を奉祀する為に東山の霊山の佳域社を創建せよとの詔が発せられ、公家や諸藩が霊山の山頂に祠宇を建立し、霊山官祭招魂社を創立しました。1936年(昭和11年)の支那事変をきっかけに国難に殉じた京都府出身者の英霊を手厚く祀る為、霊山官祭招魂社造営委員会が組織され、境内を拡大して新たな社殿が建立されました。
京都霊山護国神社(アクセス・マップ・・・)

【霊山観音 歴史・簡単概要】
霊山観音は1955年(昭和30年)に実業家で、帝産グループ創設者・石川博資が第二次世界大戦の戦没者・戦争犠牲者を追悼・慰霊する為に洛東霊山の麓に建立しました。石川博資は1916年(大正5年)に南米に渡り、中国・東南アジアを巡った後、1934年(昭和9年)に帝国産金鉱業を皮切りに帝産グループを創設しました。高さ約24メートル・重さ約500トンの観音坐像の下にある内陣には本尊・十一面観音が安置されています。また観音坐像の胎内には十二支の守り本尊も安置されています。
京都霊山護国神社(アクセス・マップ・・・)

【建仁寺 歴史・簡単概要】
建仁寺は1202年(建仁2年)に鎌倉幕府2代将軍・源頼家が寺域を寄進し、栄西禅師が宋(中国)・百丈山を模して創建しました。建仁寺の名称は第83代・土御門天皇の勅許により、禅寺初の年号寺院・建仁寺になりました。その後寛元年間(1243年~1247年)・康元年間(1256年~1257年)の火災などによって荒廃し、1258年(正嘉元年)に東福寺開山である聖一国師・円爾が再興しました。1262年(弘長2年)に宋からの渡来僧禅で、建長寺開山・蘭渓道隆が入寺して禅の道場に改め、室町時代に京都五山(天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺)の第3位に列せられました。
建仁寺(アクセス・マップ・・・)建仁寺見どころ(風神雷神図・方丈など)

【春光院 歴史・簡単概要】
春光院は高台寺の塔頭です。春光院は1648年(慶安元年)に関白・豊臣秀吉の正室・北政所の甥・木下勝俊が娘で、公家・阿野公業の妻・春光院万花紹三を弔う為に創建したと言われています。木下勝俊は木下家定の嫡男で、秀吉に仕えて小田原征伐などに参陣し、1588年(天正16年)に豊臣姓を賜りました。その後江戸時代に剃髪して東山に隠棲し、高台寺の南隣りに挙白堂を営んで長嘯子と号し、後水尾天皇が勅撰したとも言われている集外三十六歌仙に名を連ねました。
春光院(アクセス・マップ・・・)

【岡林院 歴史・簡単概要】
岡林院は高台寺の塔頭です。岡林院は1608年(慶長13年)に関白・豊臣秀吉の正室・北政所の従弟で、臨済宗の僧・久林玄昌が創建しました。ちなみに岡林院は高台寺の塔頭である春光院・月真院・圓徳院の中で最も早く創建されました。その後1616年(元和2年)に建仁寺295世・三江紹益が中興したとも言われています。三江紹益は1606年(慶長11年)に建仁寺に入山して建仁寺295世になり、1632年(寛永9年)に高台寺を中興し、曹洞宗から臨済宗に改めました。
岡林院(アクセス・マップ・・・)

【圓徳院 歴史・簡単概要】
圓徳院(円徳院)は高台寺の塔頭です。圓徳院は関白・豊臣秀吉の正室・北政所が秀吉の菩提を弔う為に高台寺創建を発願し、1605年(慶長10年)に伏見城の化粧御殿とその前庭を移して住したのが起源です。高台寺は1606年(慶長11年)に弓箴善彊を開山として創建され、北政所は1624年(寛永元年)に亡くなるまでの19年間を化粧御殿で過ごし、北政所が亡くなると甥である備中足守藩第2代藩主・木下利房が化粧御殿を譲り受けて永興院と号しました。1632年(寛永9年)に木下利房が建仁寺295世・三江紹益を開山として高台寺の寺院に改め、木下家の菩提寺にしました。圓徳院の名称は木下利房の院号・圓徳院に由来しています。
圓徳院(アクセス・マップ・・・)

【高台寺 歴史・簡単概要】
高台寺は1606年(慶長11年)に関白・豊臣秀吉の正室・北政所が1598年(慶長3年)に亡くなった秀吉の菩提を弔う為、曹洞宗の僧・弓箴善彊を開山として創建しました。北政所は当初、実母・朝日局(吉子)が弔われている菩提寺・康徳寺に弔うとしたが、手狭だったことから岩栖院を移転させ、康徳寺を移して新たに高台寺を創建しました。高台寺の名称は北政所が落飾後の1603年(慶長8年)に第107代・後陽成天皇から賜った院号・高台院湖月心尼(高台院快陽心尼)に由来しています。その後1624年(寛永元年)に臨済宗・建仁寺から建仁寺295世・三江紹益を招き、曹洞宗から臨済宗に改めました。
高台寺(アクセス・マップ・・・)高台寺見どころ(霊屋・開山堂など)

【東山福めぐり 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。

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