銀閣寺見所ランキング-修学旅行・観光必見

銀閣寺見どころ

銀閣寺見所ランキング

銀閣寺見所ランキングを紹介しています。銀閣寺への修学旅行・観光で見逃せない見所をランキングしました。1位が一階の心空殿・二階の潮音閣からなる銀閣、2位が特別名勝・特別史跡に指定される池泉回遊式庭園、3位が同仁斎がある東求堂です。(銀閣寺見所下記参照)

銀閣寺見どころ一覧

【銀閣寺 歴史・簡単概要】
銀閣寺(ぎんかくじ)とは平安時代中期に智証大師(ちしょうだいし)・円珍(えんちん)が創建し、寛仁年間(1017年~1021年)に天台座主第25世・明求(みょうぐ)が堂宇を再建したが、応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))で焼失した浄土寺があった場所です。室町時代中期の1473年(文明5年)に室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)は長子・義尚(よしひさ)に将軍職を譲り、浄土寺跡に東山山荘・東山殿の造営を始めました。東山殿の名称は第103代・後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)から賜りました。その後1490年(延徳2年)に義政が亡くなり、遺命によって東山殿が臨済宗相国寺派の禅寺・慈照院に改められました。慈照院の名前は義政の法号・慈照院殿喜山道慶に由来しています。
銀閣寺歴史

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【銀閣寺1位 銀閣・見所解説】
ランキング1位は銀閣(国宝)です。銀閣は錦鏡池(きんきょうち)の畔に建立された観音殿(かんのんでん)です。銀閣が銀閣と言われようになった理由には当初外壁に銀箔を貼る予定だったが、財政難や室町幕府8代将軍・足利義政の死によってできなかったとも、外壁の黒漆が日光によって銀色に輝いて見えたからとも言われています。2007年(平成19年)に行われた科学的調査によると銀閣は外壁に一度も銀箔が張られていなかったことが判明しました。そこで銀閣は日光により、外壁の黒漆が銀色に輝いて見えるかどうかを確認しながら見るのがおすすめです。ただ日差しがない雨や曇りの天候では難しいかもしれません。なお2008年(平成20年)から行われた修復工事では二階の内部には黒漆は塗られたが、外壁は現在の外観を維持することを基本とし、黒漆を塗って銀閣の建立当時の姿に戻さなかったことから銀色に輝くように見えるのは難しいのかもしれません。
(銀閣・ポイント)
●銀閣は室町時代中期の1489年(長享3年)に建立され、江戸時代に数度改修され、1913年(大正2年)に大規模な解体修理が行われました。銀閣は金閣の二階・三階や苔寺(西芳寺(さいほうじ))の瑠璃殿(るりでん)を参考にして建立されたとも言われています。ちなみに足利義政の銀閣寺と銀閣、足利義満(あしかがよしみつ)の金閣寺と金閣というように足利将軍家では邸内に楼閣建築を設けるのがしきたりだったと考えられています。なお銀閣の屋根には鳳凰(ほうおう)ではなく、かつて宝珠(ほうじゅ)が置かれていたそうです。
●銀閣は一階に地蔵菩薩(じぞうぼさつ)坐像・千体地蔵菩薩立像、二階に観音菩薩(かんのんぼさつ)坐像(洞中観音(どうちゅうかんのん))を安置しています。
●銀閣は一階は心空殿(しんくうでん)、二階は潮音閣(ちょうおんかく)と言われています。
●銀閣が金閣に対し、銀閣と言われるようになったのは江戸時代以降のことです。
銀閣見所(歴史概略・・・)

【銀閣寺2位 庭園・見所解説】
ランキング2位は庭園(特別名勝・特別史跡)です。庭園は錦鏡池を中心とする池泉回遊式庭園です。錦鏡池近くには銀閣が建てられています。その為錦鏡池に映る「逆さ銀閣」を見るのもおすすめです。「逆さ銀閣」は金閣寺の鏡湖池(きょうこち)に映る「逆さ金閣」ほど名所にはなっていないが、「逆さ金閣」と同じように楽しむのもいいものです。ただ雨が強く降ったり、風が強く吹いたりすると「逆さ銀閣」を十分に見ることができないかもしれません。なお錦鏡池には守護大名・大内政弘(おおうちまさひろ)が献上したと言われている大内石・座禅石などの名石や仙桂橋(せんけいきょう)・仙袖橋(せんしゅうきょう)などの石橋があり、それらをじっくり見るのもおすすめです。
(庭園・ポイント)
●庭園は室町時代中期に室町幕府8代将軍・足利義政が女人禁制で、夢窓疎石(むそうそせき)が作庭した苔寺(西芳寺)の庭園を母・日野重子(ひのしげこ)に見せる為に模して作庭したとも言われています。また庭園は義政の浄土信仰・蓬莱神仙思想が表現されているとも言われています。義政は自ら指揮し、様々な場所から庭石・植木などを取り寄せたと言われています。なお庭園は江戸時代前期の1615年(元和元年)・1639年(寛永16年)に改修され、当初の面影は失われたとも言われています。
●庭園はかつて漱蘚亭(そうせんてい)跡にあった庭園(枯山水庭園)と上下二段の庭園だったと言われています。
庭園見所(歴史概略・・・)

【銀閣寺3位 東求堂・見所解説】
ランキング3位は東求堂(国宝)です。東求堂は室町幕府8代将軍・足利義政の持仏堂(じぶつどう)です。東求堂はかつて阿弥陀三尊を本尊として安置する阿弥陀堂でした。東求堂は銀閣に比べると知名度が低く、平屋(一階建て)でもあることから地味な建物に見えるかもしれません。ただ東求堂は銀閣よりも少し前に建立され、室町時代末期に足利将軍家と三好氏による兵火でも銀閣と同様に焼失を免れました。その為書斎・同仁斎(どうじんさい)は日本最古の書院造(しょいんづくり)とも言われています。なお東求堂は義政の持仏堂として建立されたが、その後義政が書斎として使ったと言われていることから義政を偲びながら見るのがおすすめです。同仁斎には机である付書院(つけしょいん)と物を収納する違棚(ちがいだな)があります。銀閣寺ではくれぐれも銀閣にだけ眼を奪われ、見忘れないようにして下さい。
(東求堂・ポイント)
●東求堂は室町時代中期の1485年(文明17年)に建立されました。元々東求堂は銀閣の近くに建立されていたが、その後現在の場所に移されました。1964年(昭和39年)に解体修理が行われ、柿葺(こけらぶき)から檜皮葺(ひわだぶき)に葺き替えられました。
●東求堂は阿弥陀如来(あみだにょらい)立像・義政像を安置しています。
●東求堂・同仁斎の名称は相国寺(しょうこくじ)79世・横川景三(おうせんけいさん)が撰し、義政が選んだ「東方の人、念仏して西方に生ずるを求む(六祖壇経)」・「聖人は一視して同仁(韓愈)」に由来しています。
東求堂見所(歴史概略・・・)

【銀閣寺番外 銀沙灘・向月台・見所解説】
ランキング番外は銀沙灘(ぎんしゃだん)・向月台(こうげつだい)です。銀沙灘・向月台は方丈前にあります。銀沙灘は砂を波形に高さ約35~40センチに盛り上げたものです。向月台は砂を高さ約1.8メートル・底部約3メートル・頂部約1.2メートルの富士山型(円錐(えんすい)型)に積み上げたものです。銀沙灘・向月台は月の光を反射させる為に造られたとも言われています。ちなみに銀沙灘は中国・杭州(こうしゅう)の世界遺産・西湖(せいこ)のさざ波をモデルにしているとも言われています。また向月台は東山に昇る月を上に座って待っていたとも言われています。足利義政は「わが庵は 月待山の麓にて 傾むく空の 影をしぞ思う」と詠み、お月見(観月)を楽しんだと言われ、その歴史が受け継がれているかもしれません。なお銀沙灘・向月台は毎日早朝に整備されているそうです。
(銀沙灘・向月台・ポイント)
●銀沙灘・向月台は室町時代まで遡ることはできないが、安土桃山時代以前から造られ、江戸時代の修復の際に拡大したとも言われています。また銀沙灘・向月台は江戸時代に造られるようになったとも言われています。
銀沙灘・向月台見所(歴史概略・・・)

【銀閣寺見所ランキング 備考】
*参考・・・京都世界遺産・銀閣寺(アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

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