銀閣寺歴史見どころ・簡単まとめ(修学旅行)

銀閣寺銀閣・銀閣寺見どころ

銀閣寺見どころ

銀閣寺見どころ・簡単まとめ(修学旅行)。銀閣(国宝)は木造2階建ての楼閣建築で、当初2階が外面・内面も黒漆塗(くろうるしぬり)だったと言われています。2007年(平成19年)に奈良文化財研究所の科学的調査により、一度も銀箔が張られていなかったことが判明しました。(銀閣寺見どころ下記参照)

【銀閣寺 基礎知識】
銀閣寺(ぎんかくじ)・東山慈照寺(ひがしやまじしょうじ)は平安時代中期に智証大師(ちしょうだいし)・円珍(えんちん)が創建し、寛仁年間(1017年~1020年)に天台座主第25世・明求(みょうぐ)が堂宇を再建したが、室町時代中期の応仁の乱(おうにんのらん)の兵火によって焼失した浄土寺(じょうどじ)があった場所です。1473年(文明5年)に室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)は長子・義尚(よしひさ)に将軍職を譲り、浄土寺跡に東山山荘・東山殿(ひがしやまどの)の造営を始めました。東山殿の名称は後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)から賜りました。その後1490年(延徳2年)に義政が亡くなり、遺命によって東山殿が臨済宗(りんざいしゅう)相国寺(しょうこくじ)派の禅寺・慈照院に改められました。慈照院の名前は義政の法号(ほうごう)・慈照院殿喜山道慶(じしょういんきざんどうけい)に由来しています。
銀閣寺歴史(起源・・・)

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【銀閣寺 銀閣】★★★修学旅行見どころ
銀閣(観音殿)は国宝(1951年(昭和26年)6月9日指定)です。銀閣は木造2階建ての楼閣建築です。2階は当初外面・内面も黒漆塗(くろうるしぬり)だったと言われています。1階が心空殿(しんくうでん)、2階が潮音閣(ちょうおんかく)と言われています。銀閣は室町時代中期の1489年(長享3年)に建立され、江戸時代に数度改修されました。月見の為に月の出の方角を計算して建てられたとも、金閣の2階・3階や苔寺(こけでら・西芳寺(さいほうじ))の舎利殿(しゃりでん・瑠璃殿(るりでん))を参考にして建てられたとも言われています。なお1階は住宅風様式、2階は禅宗様式(唐様(からよう))、屋根はこけら葺(こけらぶき)の宝形造(ほうぎょうづくり)です。
銀閣寺銀閣詳細(概略・見どころ・・・)
(銀閣寺 銀閣・ポイント)
●2007年(平成19年)に奈良文化財研究所の科学的調査により、一度も銀箔(ぎんぱく)が張られていなかったことが判明しました。
●銀閣と言われるようになったのは江戸時代以降です。理由は当初銀箔を貼る予定だったが、財政難や足利義政の死によってできなかったとも、外壁の黒漆が日光によって銀色に輝いて見えたからとも言われています。
●1階は東西8.2メートル・北7.0メートル・南5.9メートルです。南が北よりも短くなっています。
●1階は地蔵菩薩(じぞうぼさつ)坐像・千体地蔵菩薩(せんたいじぞうぼさつ)立像、2階は観音菩薩(かんのんぼさつ)坐像(洞中観音(どうちゅうかんのん))を安置しています。
●金閣寺の金閣・西本願寺の飛雲閣(ひうんかく)とともに京の三閣と言われています。
●屋根には18世紀後半頃まで鳳凰(ほうおう)ではなく、宝珠(ほうじゅ)が置かれていたそうです。なお現在の鳳凰は銅製です。
銀閣寺銀閣(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 東求堂】★★★修学旅行見どころ
東求堂(とうぐどう)は国宝(1951年(昭和26年)6月9日指定)です。東求堂は4室に分かれ、書斎・同仁斎(どうじんさい)や仏間などがあります。同仁斎には机である付書院(つけしょいん)と物を収納する違棚(ちがいだな)があります。同仁斎は元来4畳半の茶室だが、足利義政は書斎として使いました。東求堂は室町時代中期の1485年(文明17年)に足利義政の持仏堂(阿弥陀如来(あみだにょらい)を祀る阿弥陀堂)として建立されました。なお東求堂は檜皮葺(ひわだぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。同仁斎は日本最古の書院造(しょいんづくり)です。
(銀閣寺 東求堂・ポイント)
●東求堂は東西南北6.9メートルの正方形です。
●東求堂は西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)の教主・阿弥陀如来立像や足利義政像を安置しています。
●東求堂・同仁斎の名称は相国寺79世・横川景三(おうせんけいさん)が撰し、足利義政が選んだ「東方の人、念仏して西方に生ずるを求む」・「聖人は一視して同仁」に由来しています。
●東求堂はかつて銀閣の東隣、向月台がある場所にあったとも言われています。
銀閣寺東求堂(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 方丈】
方丈(本堂)は東求堂と廊下で繋がり、その間に市松模様(いちまつもよう)が彫られた手水鉢(ちょうずばち・袈裟(けさ)型手水鉢))が置かれています。方丈には西の間・室中の間・東の間・上官の間があります。方丈は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1644年)に再建されたと言われています。
(銀閣寺 方丈・ポイント)
●方丈は本尊・釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)像や足利義政と妻・日野富子(ひのとみこ)の位牌を安置し、「東山水上行(とうざんすいじょうこう」と書かれた額も掛けられています。
●方丈には俳人・画家である与謝蕪村(よさぶそん)、文人画家・書家である池大雅(いけのたいが)が描いた襖絵(ふすまえ)があります。
銀閣寺方丈(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 弄清亭】
弄清亭(ろうせいてい)は東求堂の北にあります。弄清亭には御香座敷(おこうざしき・香座敷の本歌(ほんか))があります。弄清亭は1996年(平成8年)に再建されました。
(銀閣寺 弄清亭・ポイント)
●弄清亭には日本画家・奥田元宋(おくだげんそう)が描いた襖絵があります。
●かつての弄清亭は最古の香室でした。
銀閣寺弄清亭(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 八幡社】★修学旅行見どころ
八幡社(はちまんしゃ)は銀閣脇にある小さな(ほこら)です。八幡社は鎮守社(ちんじゅしゃ)とも言われています。八幡社は江戸時代中期の1682年(天和2年)から1686年(貞享3年)に記された地誌「雍州府志(ようしゅうふし)」には「八幡をもつて鎮守とす」と記されているそうです。
(銀閣寺 八幡社・ポイント)
●八幡社は足利氏などの清和源氏(せいわげんじ)の守護神で、武神・八幡神(やはたのかみ・はちまんしん)を祀っています。
銀閣寺八幡社(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 銀沙灘】★★修学旅行見どころ
銀沙灘(ぎんしゃだん)は砂を波形に盛り上げたものです。銀沙灘は高さ約35~40センチで、月の光を反射させる為に造られたとも言われています。銀沙灘は安土桃山時代以前から造られ、江戸時代の修復の際に拡大したとも言われています。なお銀沙灘は中国・杭州(こうしゅう)の世界遺産・西湖(せいこ)をモデルにしているとも言われています。
銀閣寺銀沙灘・向月台(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 向月台】★★修学旅行見どころ
向月台(こうげつだい)は砂を富士山型(円錐(えんすい)型)に積み上げたものです。向月台は高さ約1.8メートル・底部約3メートル・頂部約1.2メートルで、月の光を反射して銀閣を照らすとも言われています。向月台は安土桃山時代以前から造られ、江戸時代の修復の際に拡大したとも言われています。

【銀閣寺 庭園】★★★修学旅行見どころ
庭園は特別名勝・特別史跡(1952年(昭和27年)3月29日指定)です。庭園は足利義政が女人禁制(にょにんきんせい)の苔寺(西芳寺)の庭園を母・日野重子(ひのしげこ)に見せる為に模して作庭したとも言われています。庭園は錦鏡池(きんきょうち)を中心とする池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)庭園です。錦鏡池には石橋が架かり、白鶴島(はっかくとう)や大内石などがあります。なお江戸時代に改修され、当初の面影は失われたとも言われています。
(銀閣寺 庭園・ポイント)
●庭園は足利義政の浄土信仰・蓬莱神仙(ほうらいしんせん)思想が表現されているとも言われています。
●庭園はかつて漱蘚亭跡(そうせんていあと)にあった庭園(枯山水式(かれさんすいしき)庭園)と上下二段の庭園だったと言われています。
銀閣寺庭園(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 名石】★修学旅行見どころ
名石は錦鏡池(庭園)にあります。名石は諸大名が献上した諸候石などです。名石には大内石・北斗石・浮石・坐禅石(夢窓疎石坐禅石)があります。なお錦鏡池には7つの石橋(濯錦橋(たっきんきょう)・分界橋(ぶんかいきょう)・迎仙橋(げいせんきょう)・龍背橋(りゅうはいきょう)・臥雲橋(がうんきょう)・仙桂橋(せんけいきょう)・仙袖橋(せんしゅうきょう))もあります。
(銀閣寺 名石・ポイント)
●大内石は守護大名・大内政弘(おおうちまさひろ)が足利義政に献上したと言われています。
●錦鏡池にはかつて細川石・畠山石・山名石などもあったことが「都名所図会(みやこめいしょずえ)」に記されているそうです。

【銀閣寺 漱蘚亭跡】
漱蘚亭跡(そうせんていあと)には庭園の崩れかかった石組・泉・水流の跡が残されています。漱蘚亭跡は足利義政が絵師・相阿弥(そうあみ)に苔寺(西芳寺)の庭園(竜淵水(りゅうえんすい)の石組)を模して作庭させたとも言われています。なお漱蘚亭跡は枯山水式(かれさんすいしき)庭園で、錦鏡池(きんきょうち)を中心とする池泉回遊式庭園と上下二段の庭園だったと言われています。
(銀閣寺 漱蘚亭跡・ポイント)
●漱蘚亭跡は1931年(昭和6年)に発掘されました。
銀閣寺漱蘚亭跡(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 洗月泉】★修学旅行見どころ
洗月泉(せんげつせん)は錦鏡池の南東にあり、湧き水が山から湧き出しています。洗月泉は泉に月が映った時に泉のさざ波が月を洗っているように見えることから名付けられました。なお湧き水は天候などにもよるが、三筋流れていると言われています。

【銀閣寺 相君泉】★修学旅行見どころ
相君泉(そうくんせん)は足利義政が茶の湯に使用したと言われています。ちなみに相君泉は現在も茶会で使用されています。なお相君泉はお茶の井とも言われています。
銀閣寺相君泉・洗月泉(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 銀閣寺垣】★修学旅行見どころ
銀閣寺垣(ぎんかくじがき)は総門から中門に続く参道の両脇にある竹垣です。竹垣は長さ約50メートルあります。竹垣は椿(つばき)が開花する例年3月中旬頃から4月上旬頃が見ごろです。

【銀閣寺 手水鉢】
手水鉢(袈裟型手水鉢)は東求堂(国宝)と本堂(方丈)を繋ぐ廊下近くに置かれています。手水鉢には市松模様が彫られ、僧侶の袈裟の文様に似ているから袈裟型手水鉢と言われています。
(銀閣寺 手水鉢・ポイント)
●手水鉢は茶人・千利休(せんのりきゅう)も写しを造ったとも言われています。
銀閣寺手水鉢(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 展望所】★修学旅行見どころ
展望所(展望台)は山内全体を見渡すことができる境側の高台にあります。展望所からは山内だけでなく、京都市街も見られます。なお展望所にはかつて超然亭(ちょうねんてい)があったと言われています。

【銀閣寺 門】
総門・中門は薬医門(やくいもん)、唐門は向唐門(むかいからもん)です。総門は江戸時代後期の1800年(寛政12年)、中門・唐門は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に建立されました。なお総門は本瓦葺の切妻造(きりづまづくり)、中門はこけら葺、唐門は檜皮葺(ひわだぶき)です。
(銀閣寺 門・ポイント)
●唐門は中に花頭窓(かとうまど・火灯窓)があります。

【銀閣寺 書院】
書院は1993年(平成5年)11月に10年の歳月を掛けて落慶しました。書院には旧庫裏(くり)の茶室・集芳軒(しゅうほうけん)が移築されました。書院には大広間に日本最後の文人とも言われる文人画家・儒学者である富岡鉄斎(とみおかてっさい)の襖絵が飾られています。なお書院は通常非公開です。
銀閣寺書院(概略・見どころ・・・)

【銀閣寺 仏像】★修学旅行見どころ
仏像には観音菩薩坐像(洞中観音)・地蔵菩薩坐像・千体地蔵菩薩立像・阿弥陀如来立像・釈迦牟尼仏像・達磨大師坐像・阿弥陀如来立像などがあります。また足利義政像・夢窓国師像などもあります。
(銀閣寺 仏像・ポイント)
●観音菩薩坐像(洞中観音)は室町時代に造仏されたと言われています。観音菩薩坐像は像高約54センチで、憂いのある表情をし、結跏趺坐(けっかふざ)に定印(じょうい)を結んでいます。観音菩薩坐像は背後に洞窟(岩屋)があることから洞中観音とも言われています。

【銀閣寺 紅葉】
モミジなどが分布する紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬から11月下旬頃に見ごろを迎えます。なお紅葉は展望所からよく見えると言われています。
銀閣寺紅葉見ごろ

【銀閣寺 座禅会・講話と坐禅】
座禅会(ざぜんかい)は8月・12月を除く、毎月第3月曜日に行われています。講話と坐禅は1月・4月・5月・12月が第3日曜日、それ以外の月は第1日曜日に行われています。(要確認)坐禅は禅宗で宗旨(中心教義)とされ、修行法にもなっています。坐禅は坐ることを通し、仏教の開祖・お釈迦様の教えに目覚めることとされています。
(銀閣寺 座禅会・講話と坐禅・ポイント)
お釈迦様は35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、ブッダガヤの菩提樹(ぼだいじゅ)の下で坐禅をして悟りを開きました。
銀閣寺座禅会(日程・・・)銀閣寺講話と坐禅(日程・・・)

【銀閣寺 相国寺】
銀閣寺は臨済宗相国寺派大本山・相国寺(しょうこくじ)の山外塔頭(さんがいたちゅう)です。塔頭は祖師や高僧の死後、その弟子が祖師・高僧を慕って寄り沿うように創建した小さな寺院です。なお相国寺は1382年(永徳2年)に室町幕府3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が花の御所の隣接地に一大禅宗伽藍を建立することを発願したのが起源です。
銀閣寺本山・相国寺(アクセス・・・)

【銀閣寺 承天閣美術館】★修学旅行見どころ
銀閣寺が所有する春屋妙葩頂相自賛(しゅんおくみょうはちんぞうじさん)などの文化財などは承天閣美術館(じょうてんかくびじゅつかん)に所蔵・展示されています。承天閣美術館は相国寺創建600年記念事業の一環として建設されました。
承天閣美術館(アクセス・・・)

【銀閣寺 備考】
銀閣寺(アクセス・・・)基本情報銀閣寺七不思議
*参考・・・銀閣寺(アクセス・・・)ホームページ

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