伏見稲荷大社(白狐社(末社)・御旅所)
伏見稲荷大社
伏見稲荷大社を観光するなら歴史的に関係が深い伏見稲荷大社の末社・白狐社(びゃっこしゃ)や稲荷祭の際に神輿が駐輿する伏見稲荷大社御旅所も一緒に回るのもいいかもしれません。ただ伏見稲荷大社御旅所は伏見稲荷大社から少し距離がある為、拝観には注意が必要になります。なお伏見稲荷大社では稲荷祭(いなりさい)・本宮祭(もとみやさい)などが行われ、行事も一緒に見るのもいいかもしれません。
【伏見稲荷大社・白狐社・伏見稲荷大社御旅所 基本情報】
京都・伏見稲荷大社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
伏見稲荷大社の末社・白狐社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
伏見稲荷大社の御旅所・伏見稲荷大社御旅所(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
【伏見稲荷大社・白狐社・伏見稲荷大社御旅所 マップ・地図】
【伏見稲荷大社 歴史・簡単概要】
伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は社伝によると711年(和銅4年)2月初午の日に伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が勅命を受け、伊奈利山(稲荷山)の三つの峯の平らな場所に稲荷大神を祀ったことが起源と言われています。その後827年(天長4年)に弘法大師・空海が第52代・嵯峨天皇から東寺(教王護国寺)を賜った際に東寺の鎮守社になりました。1072年(延久4年)に第71代・後三条天皇が初めて行幸し、鎌倉時代には鎌倉幕府初代将軍・源頼朝が武運を祈念しました。なお伏見稲荷大社は宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・佐田彦大神(さたひこのおおかみ)・大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)・田中大神(たなかのおおかみ)・四大神(しのおおかみ)を祀り、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神とされています。
伏見稲荷大社は全国各地に祀られている稲荷神社の総本宮です。
*参考・・・京都・伏見稲荷大社(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【白狐社 歴史・簡単概要】
白狐社(びゃっこしゃ)は伏見稲荷大社が三社別殿(一ノ峯の上社・二ノ峯の中社・三ノ峯の下社)だったころの下社の末社・阿古町(あこまち)が起源と言われています。白狐社はかつて現在玉山社がある場所にあったが、1694年(元禄7年)に現在の場所に移されて、社殿が造営されたと言われています。なお白狐社は命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)を祀っています。また白狐社は白狐霊を祀る唯一の社殿とも言われています。
白狐社は伏見稲荷大社の末社です。
【伏見稲荷大社御旅所 歴史・簡単概要】
伏見稲荷大社御旅所(ふしみいなりたいしゃおたびしょ)はかつて七条油小路(下社)・八条坊門猪熊(上社)にあったが、天正年間(1573年~1592年)に関白・豊臣秀吉の命により、現在の場所に移されてひとつになったと言われています。その後1973年(昭和48年)に神輿奉安所が建てられました。なお御旅所は祭礼の際に神輿を本宮から一時的に移して奉安する場所です。
【伏見稲荷大社稲荷祭 歴史・簡単概要】
伏見稲荷大社稲荷祭(いなりさい)は「稲荷谷響記」に「社司伝来記曰、古説云、稲荷祭ハ、自二貞観年中一始、天暦以降専被レ行レ之、云々」と記され、平安時代の貞観年間(859年~877年)から行われているとも、また908年(延喜8年)に初めて行われたとも言われています。神幸祭(しんこうさい)では田中社・上社(一の峰)・下社(三の峰)・中社(二の峰)・四之大神の5基の神輿に神璽を移し、神輿などを乗せたトラックが氏子区域を巡幸し、御旅所の奉安殿に5基の神輿を駐輿されます。還幸祭(かんこうさい)では神輿などを乗せたトラックが東寺の慶賀門前に立ち寄り、僧侶による神饌の献供(神供)を受け、氏子区域を巡幸してから伏見稲荷大社に戻ります。なお稲荷祭は4月20日前後の日曜日に神幸祭、5月3日に還幸祭が行われます。
【伏見稲荷大社本宮祭 歴史・簡単概要】
伏見稲荷大社本宮祭(もとみやさい)は稲荷大神の分霊を祀る信者が伏見稲荷大社に参拝し、日々の神恩に感謝する神事です。本宮祭の前夜には宵宮祭(よいみやさい)が行われます。宵宮祭では稲荷山や境内にある石灯篭、そして1万とも、数千とも言われている提灯に灯を点す万灯神事(まんとうしんじ)が行われます。なお本宮祭は毎年土用入りした直後の日曜日、または祝日に行われています。
【伏見稲荷大社 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
伏見稲荷大社見どころ(本殿・千本鳥居など)
伏見稲荷大社・稲荷祭・伏見稲荷大社・本宮祭